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9. Support or Supported
直人は無我夢中で教室に向かって走り出した。これ以上、陸と夾の口から陽一の別の顔を聞きたくなかったからだ。
『あの素敵な相澤先輩がそんな ・・そんな やりチンだなんて! あああああ』
頭をくしゃくしゃに擦りながら校舎に入ると階段を駆け上がった。
さっきの出来事が何度も脳内を駆け回る。
「セフレって・・そりゃあ、相澤先輩、男だし。男の本能っていうか、子孫繁栄にはその、あれをするのは必要で、でもケダモノだなんて・・」
ブツブツ小言で話す直人の脳裏に突然、全裸の陽一が女性を抱くシーンが飛び込んで来た。
【ボーッ】
直人の頭から湯気が上がる。
「先輩のばかぁ――――!」
直人は、変な想像をした自分自身がいたたまれなくなり、教室のドアを勢いよく開けた。
「うおっ―――― ビックリした」
直人は、無意識に美術室に到着していて、思い切り引いたドアの先には、美術教師の宇道実樹が部活の後片付けをしていた。
「よ~ 橘ぁ、とうとう美術部に入る気になったかぁ?」
「宇道先生、まだ居たんですか」
「先生様が残っているから、ここの鍵が開いているんだろうが ・・橘、何だその顔 ・・何かあったのか?」
「何もないです!」
「そうか、ならいいが・・・・」
直人は宇道との会話を早々に終えると、足音を立てながら美術室の奥へと進んだ。
「おい、先生が心配してやっているんだろう・・何やってんだ? あ、こらっ! お前また絵具を盗みに来たのか?」
「盗みにって人聞きの悪い事を言わないでください。ずっとバスケが忙しくて絵具買いに行く時間が無かったから、ちょっと借りてるだけです。必ず返しますから!」
「ま、俺は見なかった事にするし、絵具も才能のある奴に使って貰う方が嬉しいと思うしな」
「いいんですか? あ ・・有難うございます」
「ところで、いつまでバスケ続ける気だ? 指でも折れたらどうするんだよ」
「それはっ! 僕だって十分気を付けています」
「俺は、お前が有名高校の推薦を蹴って、ここの高校に入って来たのには正直驚いたよ。でも、美術部に入部してくれたらって期待してたのによ。何でバスケなんだ?」
「中学の時からやってたので」
「何か他に理由があるんじゃないのか?」
「別に・・・・」
「例えば、相澤陽一」
直人は絵具を選んでいた手を止め宇道の顔を見たが、慌てて目線を絵具に戻す。
「この色お借りします」
「白ね~ 橘って独特な色を作り出すよな~ 天才だよ。ほんと」
「そんな ・・別に 何となく混ぜているだけです」
「いや、あの光沢は何? ダイヤとか大理石とか混ぜてんの?」
「はぁ~ 天然の材料は混ぜてますが、流石にダイヤはないです」
「じゃあ大理石かぁ~ 高校生がそんな技術、どうやって身に付けたんだ」
「父さんのアトリエに色んな材料が沢山あって。小さい時からずっと見てきましたから」
「はぁ~ 父親も画家かぁ やっぱりな。 ・・お父さんは何て名前?」
「もう死にましたし、有名じゃありません」
「あ、悪い事聞いたな。すまん」
「随分前の事ですから、もう大丈夫です」
「そうか。で、話は戻るが ・・何があった?」
「え?」
直人は、宇道と話をしている内に陽一の事で動揺していた自分を忘れていた。
「・・特に何も」
「さっきすっごい顔して入って来たけどな。ま、何もないならいいけどよ ・・相澤と何かあったのかと思って、ちょっと期待したんだけどな」
「期待ってどう言う意味ですか?」
「橘って相澤の事、好きだろ」
直人は、屈んでいた姿勢を真っすぐに戻すと、宇道に真剣な眼を送る。そして唇を噛んだ。
「相澤先輩のこと尊敬してます」
「それだけか お前がアイツを見る目は、特別な気がするけどな」
「だとしても先生には関係ありません。失礼します」
直人は美術室の前列に座っている宇道の横を通り過ぎ帰ろうとする。
「痛い」
直人は、片腕に痛みを覚え原因である宇道に目を向ける。
「先生、何ですか?」
宇道が、教室を出て行こうとする直人の腕を掴んでいたのだ。
「橘 ・・俺はお前の事が心配なんだよ。アーティストってさ、誰よりも繊細だ。お前の様な才能の持ち主は特にな。些細な事が切っ掛けで潰された奴を何人も見て来た。だから・・・・」
「だから何ですか? 人を好きになるなって言いたいんですか?」
「否、その誰かがお前の支えになれるならいい、でも、そうじゃないなら、やめておけ。それに男女の恋愛ですら大変なのに、同性ってだけでお前にはハードルが高過ぎる」
「・・・・」
「俺は、お前が中学の時からお前の絵のファンだ。さっきのあんなに切ない顔を見せられたら心配なんだよ。力にならせてくれないか?」
直人は、先程まで嫌味だらけだった宇道が、突然見せた彼の弱さと優しさに戸惑ってしまう。
「先生、心配してくれて有難う。でも僕大丈夫です。それにバスケも辞めません。身体を動かしているとインスピレーションが湧くんです」
「そう言えば、先日入選した作品って、バスケコートだったな。でも何であの作品だけ天使を描いたんだ? 初めてだよな」
「あ・・・・そうでしたっけ」
直人は掴まれていない反対の手で頬を掻いた。
「先生、そういう訳で本当に大丈夫ですから、もう手を放してください。い・・・・痛いです」
宇道は直人を掴んでいる自分の手に力が入っている事に気付き慌てて直人を解放する。
「すまん、つい」
直人は掴まれていた部分を擦りながら、ニコリと笑った。
「じゃあ、絵具貰っちゃいますね。有難うございまーす」
直人は宇道に別れを告げると美術室を後にした。
再び一人になった宇道は、直人を掴んでいた手を自分の顔に押し当てた。
「俺・・・・何やってんだよ。参ったな」
そう呟くと、美術室の壁に飾ってある直人の作品に愛おしい視線を送った。
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