11. Not Right

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11. Not Right

 昼休みの校庭では夏休みの気分が抜け切れていない、生徒達の声があちらこちらから聞こえてきた。  美術教師の宇道は、窓側の席に座ると外を眺めていた。  2階の美術室からは、直人の写生場所が良く見えるのだ。  満面の笑みを浮かべながら隣に座る陽一に語り掛ける直人の姿を、ここからほぼ毎日観察していた。 「楽しそうだなぁ~」  寂しい口調の宇道の独り言が美術室に吸収される。 「橘 ・・本当にそれでいいのか?」  直人の作品は、高校に入学して以来、全てのコンクールで賞を取っており、宇道は直人の才能がもっと発揮出来る学校への転校を、何度か打診していたのだ。 「俺だって毎日会えないのは寂しいけどさ。お前の人生だぞ、人が心配してやってるのに、こらっ! そいつから離れろ」  宇道は、遠くで楽しそうに会話をする直人に向って小声で怒鳴りつけた。 「先輩 ・・あの~」 「何? さっきから。言いたい事はちゃんと言わないと伝わらないよ」 「夏休み中、時々バスケを見に来ていただいて、本当に有難うございました」 「それ、さっきも聞いたよ。毎日、予備校に行ってたって話もしたよ」  いつもの木陰で三角座りする直人の隣には、胡坐の陽一が居り、二人は若干涼しくなった風の中で昼休みを過ごしていた。 「その ・・先輩が ・・沢山の女の人と ・・あの」 「何?」 「セ・・フレが沢山いるって聞いたので ・・その夏休みもやっぱり ・・その」 「やりまくってたって思ってるの?」  直人は、赤面になると両手を前へ付き出し、慌てて左右に振った。 「あ、違います、違います。ごめんなさい。失礼な事を聞いてしまって」 「そっか。でも今年の夏はゼロだよ」 「ど ・・どうしてですか? 病気?」 「ひっどいなぁ~ 違うよ。ただそんな気分じゃなかった ・・からかな? 橘ぁ、こんな俺の一面を知ってガッカリした?」 「あ、いえ、そんな ・・先輩がモテるのは納得ですし」 「俺さぁ、愛人の子供なんだ」 「え?」 「俺の母親看護師しててね、患者の1人と恋に落ちた。そいつには、家庭があって、所謂不倫ってやつ? でも金持ちだったから、俺の母親を愛人としてしばらく囲ったみたい。で、俺が出来ちゃった。ただの愛人だったから向こうの奥さんも煩く言わなかったけど、母親、本気になっちゃってさ、俺を産みたいって言ったから捨てられたみたい。馬鹿だよね。俺なんて、おろしておけば愛人でいられたのに」 「先輩、いやです。だったら僕、先輩に会えてないじゃないですか! 先輩のお母さんに感謝します」  陽一の腕を掴むと、真剣な眼差しをぶつけて来た直人に、陽一は少し驚きを見せたが直ぐに笑顔になる。 「あ・・ありがとう。橘は本当に可愛いな」  直人は、顔を赤らめると咄嗟に掴んだ陽一の腕を離す。 「母親はずっと、そいつの事が好きなんだと思う。俺の中にそいつの面影があるんだろうね、亮平さんに似てきたね~ って俺を見る度に言ってる。俺、亮平って名の父親に会った事も見た事もないけどね」 「そうなんですか・・」  直人は初めて陽一の過去に触れると、孤独と言う文字が頭に浮かぶ。 「愛人の子供だからかな? 母親がとてつもなく一途なのにさ、女の子達に ‘好き’ って言われても、良く分かんないんだね。多分恋愛とかだけじゃなくて、感動とか嫉妬とかもイマイチぴんと来ない ・・でもさ橘の絵は、何て言うか ・・」  陽一は、語りながら拳を自分の心臓に当てる。 「ここに来るものがあって。これが感情なのか分からないけれど、ざわざわするんだ。多分、これが好き ・・なんだよね」  直人は、陽一の『好き』にドキリとした。自分ではなく、陽一の好きなのは自分の絵だと分かっていたが、心が躍る。 「先輩 ・・・・僕にとってどんな賞を取るよりも嬉しい誉め言葉です」 「そう・・なら良かった」 「はい。それに、相澤先輩に感情がないなんて事ありません。きっと誰よりも優しいから、女性の ‘好き’ に応えてあげようと思って、関係を持ってしまうのではないですか?」 「・・・・う――ん、それは俺の事を良く言い過ぎだと思う。愛人を持つような男の息子だから ・・多分単なる遺伝」 「 ・・・・」 「・・・・ 遺伝って言えばさ、橘の才能ってお父さんから受け継いだ大切な宝だし、橘自身も次の世代に繋げないとね。すっごい遺伝子なんだからさ」 「遺伝子 ・・ですか?」  直人は、自分の将来を考えてくれる陽一の言葉を複雑な気分で受け止めた。 『それには僕に女性が必要です ・・先輩』 「橘って彼女居ないの? 人を好きになった事はある?」  陽一の一言に、直人の想いが微塵も彼に届いていないのだと悟ると、少し寂しく思えた。 「相澤先輩って、その、女の人が好きなんですか?」 『何言ってんだ。男が女を好きなんて当たり前』  直人は陽一の疑問には応えず話を再び陽一にふったが、馬鹿な質問をしたことを後悔する。だが、陽一は指を顎に当てると暫く考える仕草を見せた。 「どうだろ? 気持ちいいからね」 「せ・・ん・ぱ・い」  直人は辺りをキョロキョロと見廻した。 「橘、どうしたの?」 「あ、いや ・・今の発言を女子が聞いていたら先輩刺されるんじゃないかと思って」 「アハハハ それは怖いな~」 「怖いなぁ~ じゃないですよ!」 「SEXは気持ちいいけど、身体だけなんだよね。それに身体の満足感よりも、それ以上の虚しさに襲われるんだ。『あ~俺は最低だな~ この子の事も好きじゃないんだ』ってね。何回やっても同じ、って、俺情けないなぁ~後輩に保健指導して貰っているよ。橘、変な話をしてごめんね」 「前に僕の話を聞きたいって言ってくれたみたいに、僕も先輩の話なら何でも聞きたい。先輩の事をもっと知りたいです」  陽一は、直人の優しい瞳に吸い込まれそうになる。 「橘ってさ、不思議な奴だね ・・こんな話誰ともした事ないよ。橘が男だから話し易いのかなぁ?! あ―― なんかスッキリしたー SEXの後みたい」  そう告げた陽一は、座ったままで両腕を天高く上げると、上半身だけストレッチをした。 「先輩、そのセッ ・・ばかり言わないでください ・・恥ずかしいです。僕、その・・まだ未経験なんですから!」  頭の天辺まで真っ赤にさせた直人が膨れっ面で陽一に抗議した。 「へぇ~ 本当に橘は可愛いな~ アハハハ! それで、彼女は居るの? 橘、先輩の質問に答えてないぞ~」 「急に先輩権限を振りかざさないでください!」 「あ~ さては好きな子がいるな~ 言え~ 同じクラス?」 「違います」 「お、じゃ違うクラス? 違う学校?」 「言いません」 「なんだよ~ ケチ」 「ケチって、先輩 ・・アハハハ」 「アハハハハ」  空に向かって大笑いしている陽一に、宇道は冷たい視線を送り続けていた。 「悪いけど、橘を幸せに出来るのはお前じゃないぞ ・・相澤」  宇道は、机上に組んでいた両手を強く握りしめた。
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