13. Real Pain

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13. Real Pain

 陽一の昼休みを含む休憩時間は、文化際の準備で費やされ、美術室での一件以来、陽一は直人と顔を合わす機会を失っていた。  昼休みなら直人に会いに行く事は可能だったが、陽一はあえてしなかったのだ。  そして、文化際に力を降り注いでいる陸は、そんな陽一の態度をさほど気にも留めていなかった。  学校からの帰りが遅くなった陸と夾が、校舎を後にすると目の前に直人の姿を見付ける。 「お――い 橘」  バスケの帰りだろうか、少し疲れた面持ちの直人が二人に振り返った。 「久し振りぃ ・・なぁんだ。随分と疲れた顔だな~」 「ウィンターでしごかれてるのか? 成宮おっかないからな~」 「そうそう」  いつもと変わらない陸と夾に直人は少し表情を和らげた。 「先輩達も随分遅いですね。また勉強の帰りですか?」 「いやいや、俺達文化祭の実行委員やってんだ」 「そうだったんですか。それはお疲れ様です。先輩達のクラスは何をするんですか?」 「俺んとこは、お化け屋敷」 「陸は、1、2年の時もお化け屋敷。こいつ仕掛け造るの大好きだから」 「あ、ハハ・ハ。何か凄く怖いお化け屋敷ぽいですね」 「あったり前だぞ。俺がプロデュースしてんだからな。夾の所は、3年B組名物メイドカフェ」 「3年B組の名物ですか?」 「そ、橘も3年でB組になったらメイドカフェやらされるぞ! そんでもって、必ず男子生徒2人が女装する事になってて、なんと夾君、選ばれちゃいましたぁ~ お、ちなみに陽一も母親の制服借りてナースになるぞ。橘遊びに来いよな」 「・・・・ たったのしそうですね ・・ ハハ」 『相澤先輩、絶対に可愛いだろうなぁ~』  直人は、陽一のナース姿を想像すると、自然と頬が緩んだ。 「だろ~」 「盛り上がってるのは、陸だけじゃん。はぁ~実行委員になったら女装逃れられると思ったのに」 「夾、絶対に似合うって! めっちゃ楽しみ~ 俺達、最後だろ。だから良い思い出つくりたいと思ってな」 【最後】    直人は、あまり考えないようにしていたが、陽一達はもう直ぐ卒業するのだ。 「あれ? 相澤先輩は?」  歩きながら会話していた3人だが、直人の質問に陸が足を止め後ろを指差した。 「後ろ」  直人は陸の指差した方角に目を向ける。  後方の少し離れた所で、陽一を見付けた。しかし彼は1人ではなく隣に同じ制服の見知らぬ女子が、陽一と並んで歩いていたのだ。 【ドクン】  直人の胸がグッと何かに摑まれた気分になると全身から力が抜け、持っていた重い鞄を落としそうになった。 「こうやって見てると恋人同士かぁ ・・・・否、陽一が隣だとなんか違うな」 「アハハハ、陸、それうける」 「でもさぁ、1度くらい倉本さんにもチャンスあげないと、可哀想だからな」 「あの子って入学以来、ずっと陽一が好きな子だっけ?」 「そう、でも陽一がフリーだった事がなかったから。これがラストチャンス!」 「陸、最近陽一のマネージャーみたいだな。修学旅行ん時も、しきってたし」 「それいいね。アイツを芸能界デビューさせてマネージャーしようかなって 虚しいわ!」 「アハハハ」  陸と夾が立ち止まって話をしていると、陽一が倉本に腕を組まれながら、直人達の横を通り過ぎた。  陽一の隣を歩く倉本は顔を真っ赤にさせ、嬉しさが身体から滲み出ていたのだ。 「あの調子だと、陽一の家に直行かなぁ?」 「デートですよね? 相澤先輩の家に行くんですか?」 「陽一の母親、看護師で夜勤が多いから家に誰も居ないんだわ」 「陽一最近やってなかったみたいだし、倉本さん大変じゃん」 「俺も溜まってんだけどなぁ~」 「俺は、彼女と先週したから満足ぅ~」 「おい夾、彼女募集中の俺の前でよくも~」  そう告げられた夾は、笑いながら陸から逃げ出すと、陸はそんな夾を追い掛け、直人を背後に残し二人は駅の方に駆けて行く。  直人は、そんな先輩達の向こう側に並んで歩く、陽一と倉本を瞬きを忘れ凝視した。しかし、暫くすると居た堪れない感情に襲われ、校舎に駆け戻った。  陽一は、急に足を止めると後ろを振返る。先程まで校門前に陸達と居た直人の姿が見当たらないため目で探すと、柵の向こう側で校舎に戻って行く姿を見付ける。  最近の陽一は、自分自身を少し見失っているような気分だった。  進路先も決め、楽しみな文化祭の準備も順調に進んでおり、毎日仲間たちとの充実した日々を送っているにもかかわらず、何故か気分がドンよりとした曇り空だったのだ。 「相澤君? どうしたの?」  無言のままで立ち止まる陽一に倉本が声を掛ける。 「あ ・・ごめん。行こうか」 「うん」  二人が再び歩き出すと、陸と夾が走りながら追いかけて来た。 「お~い、陽一、明日休むなよ――」 「アハハハ 陸それ禁句じゃん。陽一、じゃなぁ~」  陽一と倉本に見送られながら、陸と夾は楽しそうに走り去って行く。 「相澤君って、竹ノ内君達と本当に仲が良いのね。私、羨ましい」 「うん、陸も夾も本当に良い奴だからね」  陽一は倉本に応じながら、先程まで彼等と一緒に居たもう一人の影を寂しそうな眼差しで探した。  校舎の玄関で慌てて上履きに履き替えた直人は、美術室のある2階に向って駆け上がっていた。  絵具や紙の匂いが直人の気分をいつも落ち着かせたのだ。父親が失踪した日も、死体で帰って来た日も、何か悲しい事があると必ず実家にある父親のアトリエに駆け込んだ。  初めて陽一が女性と歩いているのを目の当りにした直人は、今直ぐにでも父親のアトリエに行きたかったが、同じ方面に向かう陽一と倉本を再び見たくなかったのだ。  陽一が、女性と腕を組みながら歩く姿が、脳裏から離れない。  直人は今にも泣き出しそうな顔で美術室のドアを開けた。  美術室は空っぽでシーンとしていたが、恐らく今まで部活があったのだろう、絵具の匂いが漂っていた。  直人は、美術室後方の倉庫に置いてある未完成の自分の絵を取り出すと、無造作にイーゼルスタンドに設置した。次に、絵具を取り出そうとした手がもたつき、小さなチューブが床に散らばってしまう。  絵具を拾おうと膝を曲げしゃがみ込んだ直人の涙が、美術室の床を湿らせていく。 【なんで僕、泣いているんだ ・・先輩は、女が好きって知っているだろう】  自身に何度も言い聞かせたが、降り出した涙は止まらなかった。  悲しみの淵に立つ直人は、必死で濡れた顔を両腕で拭う。  そんな直人を誰かが突然背後から抱き寄せた。しゃがんでいた直人はバランスを崩し、抱き寄せた人物の胸に崩れ落ちてしまう。
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