4. Recalling

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4. Recalling

「え― 皆集合!」  体育館では、バスケット顧問、成宮忠司(なるみやただし)の号令が響き渡った。 「1年は、ここに整列」 「はい!」  バスケットの新入部員である1年生7人が整列する。 「徳田、1年に自己紹介させろ」 「あ、はい・・・・え―― 今年キャプテンを務める3年の徳田要(とくだかなめ)です。ここに並んでるのが3年、そっちが2年だ」 「キャプテ――ン なんだその簡単な紹介は~」 「アハハハ」  陸の言葉に2、3年のバスケ部員が一斉に笑う。 「いいだろ、一遍に覚えれないし、お前らが後で自己紹介しとけよ」 「へ――い」  陸が嫌味ぽく応える。 「じゃあ、まぁ、1年生諸君。出身中学とポジションを言ってくれ」 「名前は~?」 「な、名前はあったりまえだろうが!」 「ハハハ」  体育館にバスケット部員達の笑い声が木霊した後、1年生がそれぞれ自己紹介を始めた。  1年生を眺めていた陽一に陸が話掛けた。 「なぁ~ あいつどっかで見た事ないか?」 「あ、ああ。多分・・・・」  陽一が陸に応えようとした時、1年生で最後の人物が声を出した。 「橘直人、青葉第一中学出身、ポジションはシューティングガードです。宜しくお願いします!」 「あ、ああ! そうだ。青一中の橘」 「竹ノ内先輩。相澤先輩」 「お前めっちゃ背が伸びたな。分かんなかったわ― まぁ、まだ俺達よりチビだけどな、陽一」 「ああ」  陽一と陸も青葉第一中学校の出身で、バスケット部に所属しており、彼等が3年の時に直人が入部してきた。当時の直人は、小柄で俊足でもなくバスケに向いているとは言えなかった。それでも1日も部活を休まず熱心に練習をしていたのが印象的な部員だったのだ。  1年の紹介が終わると顧問の指示で部員達は、キャプテン徳田を先頭に近くの河川敷でランニングを始めた。  少し暖かくなった空気に部員達の掛け声と足音が広がる。  直人は背後から、先輩である陽一の後ろ姿を目で追った。  陽一は、昨日と同様に昼休み中、校庭の木下で絵を描く生徒を、廊下の窓から眺めていた。 〈橘直人〉  陽一は、覚えていた。華奢な体格に似合わず根性のある努力家だったが、当時はレギュラーに選ばれる事は無かった。そして絵を描くのが好き。  陽一が得意とするスリーポイントシュートを、熱心に見ていた姿が記憶に残っていた。 「陽一」  違うクラスだが同じバスケ部の桜井夾(さくらいきょう)が声を掛けて来た。 「夾。昼練の時間?」 「うん、そうだけど・・・・何見てんだ? あ、あいつって昨日バスケに入部して来た奴じゃね? 陽一と同じ中学だったんだよな? 橘・・どっかで聞いた事あるって思ってたら、青葉第一中学の橘って確か、去年の全中で得点王の上位だったって聞いたぜ。もっと強豪に入れただろうに、なんでここなんだろうな。ま! 頼もしい後輩が出来て良い事だけどな」 「へぇ~ 本当に努力家なんだね」  陽一の心が少し騒めく。  バスケット部は、インターハイ予選に向けて日々練習に励んでいた。 「おい、相澤」  陽一がキャプテンの徳田と1on1の練習をしていると顧問に呼ばれる。 「成宮先生何ですか?」  成宮の元に行くと、直人がバスケットボールを抱えて彼の隣に立って居た。 「相澤、橘のスリーポイント見てやってくれ」 「え? あ、はい」 「相澤先輩、宜しくお願いします」  キラキラと目を輝かせ犬の様に尾っぽを振る直人が陽一を見つめる。 「じゃあ、1本打ってみて」  得点ランキング上位の実力。それは直人が努力を積み重ねてきた証拠。そして、陽一が得意とするスリーポイントシュートを体得した直人に、興味からか不思議と陽一の心が揺れる。  直人はドリブルで陽一から離れると、スリーポイントラインに立った。そして、静かにジャンプした時には手から既にボールは飛び立っており、ゴールネットをくぐり抜けていた。  体育館内が一瞬声を失い、直人の放ったボールが床を刎ねる音だけが響いていた。  バスケ部員の意識が直人の放つシュートに集中していた。その姿が陽一と瓜二つだったからだ。  陽一のジャンプには、静かに飛び上がるが驚異的な高さがあり、空中で右膝を少し曲げたままの状態にする癖があった。そして、真っ直ぐ伸ばした腕を少し後ろに反ると長い指でボールを放つ。それはまるで丹頂鶴の様に美しい姿なのだ。  空中で舞い踊る直人に、陽一の心が大きなうねりを上げる。 【ドクン】  ボールを拾い上げた直人が陽一の元に帰って来た。 「相澤先輩、どうでしたか? 決まってよかった~ 先輩に見られてたんで凄く緊張しました」 「・・うん。良いんじゃないか? 特に俺が教える事、何もないよ」 「そんな事ないです! 僕、すっごく練習しました。けど、まだまだ先輩みたいなフォームにならないんです・・・・相澤先輩のシュートは本当に凄いから」 「・・・・あ、ありがとう」 「はい!」  直人が陽一に輝く眼差しを向ける。  陽一は思い出していた。中学の時、直人から仔犬の様に慕われていた事を。 「橘は変わらないね・・でも、あの頃よりもずっと上手になった。一杯努力したんだね」 「はい! 相澤先輩」  目の前に立つ無垢な直人の姿に、陽一は無意識に彼の頭を撫でてしまう。 「相澤先輩、僕、また先輩と一緒にバスケが出来て嬉しいです!」  直人の笑顔に、陽一の心が暖められた気がした・・・・・・  僅かな朝の光が差す部屋で、小さな子供二人が陽一の枕元で囁くように話している。 「パパ~ 今日はお眠さんですね~」 「そうでちゅね」 「あ、起きた! パパぁ~ おはよう」 「おひゃよう、パパ」  小さな手がペタペタと陽一の顔を叩く。 「う――――ん。美来(みく)悠人(はると)、もう起きたのか?」  そう告げながらまだ眠い眼で上半身を起こすと両手を天高く伸ばした。 「おはよう。僕のプリンセス、プリンス」  ベット上で起き上がった陽一に二人が飛びついた。  昨夜、直人との電話を終えた後、陽一は昔を思い出していた。8年もの間、封印をしていた愛おしい記憶。 「まだまだダメだなぁ~」  陽一は、無意識に呟いてしまう。 「パパ何がダメなの?」 「・・・・」 「パパ、ダメぇ~ ダメぇ~ キャキャキャ」  そう言いながら、悠人が陽一の上で飛び跳ねる。 「アハハハ、悠人パパを潰さないで―― で、今何時なの?」  陽一は、時計を見てビックリする。 「5時半だよ~ 2人とも朝起きだなぁ・・・・ママと同じだね」 「ママ!」  美来が嬉しいそうに叫ぶ。 「? マ・・マ?」  悠人は首を傾げた。  陽一は、可愛い子供達を眺めながら、少し弱りそうになった心を引き締めた。 【もっと強くならないと】  陽一は呪文を唱えた。
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