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1.
クラス中に冷やかされた少年は、真っ赤になってこちらを睨むと、恨みがましく声を張り上げた。
『だったら、じろじろ見るんじゃねーよ! おれだってお前のことなんか好きじゃねえよ!』
無機質な電子音が鳴り響く。
森崎律は、目を閉じたまま手探りでスマホを探した。適当にばしばしタップしてアラームを止める。
頭が痛い。最悪の夢見だった。
「……久しぶりに見たな。このクソむかつく夢」
重だるい身体を起こし、慰めてもらうべく、すぐにペットの元へと向かった。
ケージの中では愛兎のマロンが、つぶらな瞳で律を見上げている。
可愛い。可愛すぎる。全存在が癒し。
ケージを開けて、その茶色のもふもふを抱き上げると、早く飯を寄越せとばかりにウサキックを食らった。
艶やかな長い黒髪、アーモンド型の切れ長の目。幼少の頃から容姿に恵まれていた律は、大人たちには天使のごとく可愛がられ、同世代の子供たちからは嫌われていた。性格の方は可愛くなかったのだ。
子供ながらに集団生活が苦手で、みんながみんなと同じことをするというのが苦痛だった。
当然いつだってクラスでは浮いていたし、男子には生意気だとちょっかいをかけられ、女子からは男子の気を引いていると嫌われた。
それでも律は平気だった。
漫画があるからだ。
漫画はいい。
ページをめくればどんな世界にだって行けるし、どんな経験だってしたような気になれる。
少女漫画はむず痒い恋愛が多くて少々苦手だったが、スポーツものやバトルものはスカッとするので大好きだった。
そんな律が、小学三年生になったある日。
おこづかいを握りしめて新刊を買いに本屋を訪れると、完結したはずの大好きな作品に、新しいシリーズが出ていた。
少々絵柄が違うので不思議に思ったけれど、表紙に描かれているキャラクターは紛れもなくあの漫画のものだ。
手持ちのおこづかいでは、どちらか1冊しか買えない。本屋で20分ほど迷った律は、結局新しいシリーズの方を購入した。
そしてウキウキと帰って、ページをめくり――
ひっくり返った。
バトルもので戦友のはずの男子二人が、冒頭からキスをしていたのだ。
(な……なんでっ!? なにこれなにこれっ!)
何か間違えたのかとパニックになり、急いで表紙を確認した。描かれているのは、間違いなくあの作品のキャラなのだが、
(あれ……?)
そういえば、作品のタイトルも確認せず、キャラだけで購入してしまった。よくよく見てみると、『アンソロジー』と書いてある。
やはり、違う作品だったのだろうか……。
恐る恐る、もう一度ページをめくった。ぱらぱらと確認してみると、途中で絵柄が変わった。
ようやく律は気づいた。
これが、あの作品を題材にした別の次元の漫画なのだと。
5人ほどの作家が、戦友キャラふたりのいろんなエピソードを描いていて、別の次元のお話だと分かれば律も受け入れることができた。
そうして読み進めていくうちに、まるで雷に打たれた衝撃を受けた。
キャラの雰囲気そのままに、ものすごく二人の背景を掘り下げていて、胸が熱くなるほどの純愛だった。「え? 実はこんなこと考えていたの?」と錯覚してしまうくらいに。
作者とは別の人が想像した世界だとしても、こんな二人もいるかもしれないと思うと、たまらなくなった。
今思えば、商業用のパロディでもなく同人誌がポンと置かれていた本屋も恐ろしいけれど。
とにもかくにも、これが律と二次創作とボーイズラブとの運命の出会いだったのである。
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