63人が本棚に入れています
本棚に追加
小学生の頃からずっと沙也子を好きだった一孝は、高二の三学期にようやくその想いを成就させたというのに、その愛情は落ち着くどころか、どんどん加速しているように見える。
「まあ、あんたなら、何をおいても沙也子を幸せにしそうだね。私はいつか自分が結婚するなんて想像できないなー。まったく考えられない」
言ってから、我に返った。
気まずい気持ちでコロッケを口に放り込む。
この男相手についこぼすなんて、うっすらと酔いが回っているのかもしれない。
夢見が悪かったせいか、朝からどうにも調子が悪い。
ふーんと流されるかと思いきや、意外にも一孝はきちんと言葉を返した。
「森崎の気持ちは分かる。大抵のことは実力でどうとでもできるけど、谷口に出会えたことが、俺の人生最大の奇跡だった。出会ってなかったら、一生結婚のケの字も考えねえだろうな」
そういえば、一孝には母親がいなかったことをぼんやり思い出していると、沙也子が戻ってきた。
「二人で話してるなんて珍しいね。なんの話?」
嬉しそうに微笑みながら、グラスを手に取った。
「……沙也子! それ、私の緑茶ハイ!」
まずいことに、けっこう焼酎が多めに入っていた。慌てて止めてもすでに遅く、沙也子は自分の烏龍茶と間違えてぐびぐび飲んでしまった。
一孝が素早く店員を呼び止め、お水を頼む。
「谷口、水飲め。烏龍茶でもいい」
珍しく焦っている一孝が沙也子に水のグラスを勧めると、彼女はふにゃりと笑った。
「やーだーよー、おさけがいい。もっとのむもん」
律は沙也子がここまでへろへろに酔うところを初めて見た。
目を丸くしているうちにも、沙也子がぎゅうっと一孝の腕にしがみつく。
ぽよんとした沙也子の胸が腕に当たっていて、一孝は魂が抜けたみたいに固まった。
律は笑いを堪えた。
同棲のような生活を送っているくせに、一孝は沙也子からの接触にめっぽう弱いのだ。
普段はスカしていて いけ好かないが、律はこの男のこういうところが憎めなかった。
お酒に酔うと、いつもは抑圧している行動が出やすいという。沙也子は本音では一孝に甘えたいと思っているということだ。
「ちょっと。沙也子、明日一限からあるからね」
わざと呆れたように言ってやれば、一孝は激しく動揺した。
「……っ いちいち言われなくても分かってんだよ」
「彼氏ヅラしちゃって」
「はあ? ヅラじゃねぇよ。そのまんまだろ」
狼狽えている一孝を酒の肴にしばらく楽しんだ律は、心が軽くなっているのを感じた。
最初のコメントを投稿しよう!