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2.
酔った沙也子を一孝に任せて、駅で別れたその帰り道。律のスマホがバッグの中で振動した。
画面を確認すると、吉田誠からだった。
「もしもし?」
『おー、森崎。今、大丈夫?』
「うん。なに?」
『貸してもらった漫画さ、読み終わったから、今度返しに、』
その時、律のすぐ横を車が通り過ぎていった。その音が聞こえたのか、吉田の声が少し低くなる。
『……森崎、外にいんの?』
「さっきまで、沙也子と涼元と飲んでたから。その帰り。もうすぐ家に着く」
等間隔にある街灯が照らすまでもないほど、大通りは明るくて、見上げてみても星はよく見えなかった。
何度か律の家に遊びに来たことのある吉田は、駅から家までずっと大通りであることを知っている。安堵したように息をつくのが聞こえた。
切り替えるみたいに明るい声が飛び込んでくる。
『マジかー。誘ってよ! 俺も行きたかった』
「あんた、涼元と話したことあったっけ」
『ほとんどねーけど! でもなんとかなるし、久々に谷口とも話してぇし』
吉田誠は高校の時のクラスメートだ。
人懐っこくて明るく優しい、みんなの人気者だった。人見知りせずにどんな人でも仲良くなってしまうので、確かに一孝が相手でも吉田ならば大丈夫かもしれない。
何度も三人で飲んでいるが、吉田の存在をちっとも思い出さなかった律は、少し申し訳ない気持ちになった。
「分かった。今度から声かけるわ」
『おう、よろしく』
吉田が声を弾ませる。
電話越しの彼の声は、いつもよりいくらかシャープで、律好みだった。
惜しいな……と思い、何が惜しいのか自分でも分からず首を捻った。
吉田の顔がお気に入りのBLキャラに似ているので、律はよく勝手に妄想させていただいていた。
漫画の趣味が合うのか、吉田はなんだかんだと話しかけてくるようになり、沙也子があるトラブルに巻き込まれたことがきっかけで、律好みの仄暗いヤンデレ系の微笑みを見ることができた。
以降、優しい吉田は律の要望に応えようと、表情をいろいろ作ってくれるようになった。
律に対して、妙な勘違いをしない、初めての男友達。(一孝は『友達』という感覚ではない。)
この得難い縁に、律は感謝していた。
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