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なあ、おい。お前。
理想ばかりを並べ連ね、画家を自称する偽者よ。
オレは遂に、此処を出ていく事にするよ。
理由は告げずに行く。
決して伝えたりはしない。
オレはオレに与えられた役目を以って、お前に其れを伝えずに此処を発つのだ。
だから、オレがお前を罵倒しながら、激しい言葉の裏で一体何を考えていたか、お前は生涯知る事はないだろう。
其れで良いんだ。
其うでなくてはならない。
もしも此れから、独り吐き出すオレの考えについてお前に伝えれば、お前はきっと幾度も頷き、得心と共に涙すら流すだろう。
しかしだからこそ、オレは固く口を閉ざすのだ。
其の考えとは此うだ。
人は生まれつき、天より与えられた分というものが、間違いなくあるという事。
誰しもが、貴き職責を確かに持って、生きるという事。死ぬという事。
そして我々も、多くはその分に於いて画業を為した。頭上より降り注ぐ光彩の、その刹那の瞬きによって、我々の幸福や享楽、果ては悲哀すら表した。
そんな各々が追求したモチィフすらも、しかし実は、自らが選んだものでは決してないのだ。
其の真実とは此うだ。
天から与えられた分というものに、偶々触れる事の叶った者達が、真に尊き仕事を世に表した。
目には視えぬ場所に置かれた天の仕事というものを、今此処に取り出す事こそが、我々の果たすべき職責で在ったのだ。
そしてお前。
本当に哀しい事だが、天よりお前に与えられた仕事は、実は我々の誰よりも過酷なもので在ったのだ。
職を失い、人の薦めで始めた画業にすっかりのぼせ上がってしまった憐れな友よ。
これまでのお前の画業は、しかし、お前の仕事などでは全くなかった。
此れまでお前は、他の誰かの分を盗作し続けていたに過ぎない。
人間の営みを表した先人のモチィフを偽造し、
光の眩さを捉えた先人の技法を模造し、
動体を閉じ込めるアイデアを捏造した。
そうして、贋作にも満たぬ偽物ばかりを仕立て上げ、他人に贈られた仕事を貪欲に吸収したつもりになっているお前の筆は、進めば進む程に、オリジナルを貶めるだけの不愉快な物へと堕ち果てた。
纏めた進めたと、悦に浸るお前の浅はかさは、誠実に筆を運ぶ幸運な者達を皆一様に不快にさせた。
其の証にほら、見るがいい。
お前が軽薄な仲間意識から方々に送り付けた乱暴な招待状。
応じたのは、たったオレだけじゃないか。
お前は、今以って只の偽物に過ぎないのだ。
偽物であるお前の仕事など、誰も見てやしないのだ。
しかしだからこそ、オレはお前の求めに応じ此処に来た。
オレはオレの役目を果たす為に、僅かな期間を此処で過ごした。
オレは、気付いているのだ。
誰も、お前自身ですら認識していないお前の仕事を、しかしオレだけは知っているのだ。
お前が未だ何にも染まっていない頃の、ごくつまらないものとオレに見せた、技法も企みもない、線の凝集。
お前の分を、オレはその時、既に明確と見出していたのだ。
哀しい事だ、残酷な事だ。
お前の分。
其れは狂気で在ったのだ。
お前が天より与えられた分は、確かにただ一つ、狂気で在ったのだ。
お前が奮う其の筆で世に表すべき色彩の塊は、決してお前は不幸で在らねばならぬと、天より言いつけられた、此の世で最も、残酷な分で在ったのだ。
事実、お前と此処で行った言い争った折、お前がキャンバスに塗り込めた色彩はどうだ。
そうして、狂えば狂う程に、お前の筆はもの凄さを増すだろう。きっと増すだろう。
だが引き換えに、お前は正気を差し出さねばならぬのだ。
そしてオレ。
オレもまた、未だ自らの分に触れる事の叶わない。オレだけに与えられた分を、職責を求める旅人なのだ。
ああ、友よ。怖いよ、オレは恐ろしい。
毎晩の様にうなされるのだ。
もし、オレに与えられた仕事が、画業では無く、お前を狂人に貶す引導という、只それだけであったらどうしよう。
毎晩の様にうなされるのだ。
オレの分が、お前の仕事を世に遺す為の、ただの添え物で在ったらと思うと、其う考えると、オレは身体の震えが止まらなくなるんだ。
友よ。
お前は狂う。確かに狂う。
オレが此処を出て行く事で、薄くぼんやりと曖昧だったお前の狂気はとうとう確かなものとなり、何つまらぬものと廃棄される運命だったお前の偽物達は、途端に尊い習作として、此の後一千年でも遺るだろう。
お前の狂気が確かなものとなれば、必ず其うなるのだ。
ああ、友よ。
オレは此処を出て行くよ。
お前を絶望の谷へ叩き落とす事。
其れはオレにのみ、与えられた役目で在るのだから。
其うしておいて、果たしてお前が取り組む筆の動きが、如何なる作用を以ってキャンバスに重なるものか。
其の結果は、どうか知らぬまま、オレは楽園を目指すよ。
分を求め旅立つよ。
天の仕事を探すよ。
友よ。
此れからお前の向かう道が、不幸と困難で満ち溢れたもので在る事を願っているよ。
必ずや、お前は天の仕事を遺すのだ。
Adieu. 友よ。
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