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今回の届け先は相当な山奥だった。
夜の山頂付近が危険なことは言うまでもない。
しかし、臆病になっていたら否応なしに配達は遅れてしまう。
顧客を待たせるのが一番の悪だ。
実は以前、朝方に同じ民家を訪れたことがある。
当時はどこか元気のない使用人が玄関先で品物を受け取っていた。
こんな辺鄙な土地で人を雇うぐらいだから、恐らく指折りの資産家なのだろう。
家も屋敷と呼ぶのが相応しい外観だったような。
半年前の朧げな記憶を頼りに、私は恐る恐るぬかるむ地表を踏み締めた。
両隣の茂みが奇怪にざわめく。
割烹着の中に滑り込んだ冷たい夜風が、盗賊の如く体温を掻っ攫っていった。
ふと碧落の深緑が大きく揺れた。この場は極度の自然空間。
野生動物が辺りを徘徊していてもおかしくない。
奔放に生を全うする彼らがいかに凶暴であるか。
並み居る木枝を潜り抜け続けたそのとき、私は自分の耳を疑わざるを得なかった。
血に飢えた遠吠えが宵闇をつんざいたのだ。
日本国内では既に絶滅しているはずの狼の声が、だ。
計り知れない恐怖心が胸中を慌ただしく渦巻く最中、
あの老人の声が鼓膜の深部にずんと響いた気がした。
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