花無し

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花無し

 ある夏の日のこと。中学3年生の彩奈(あやな)は、高校進学のため受験勉強に励んでいた。彩奈は進路希望調査で、都会の高校を希望する旨を書き提出した。彼女が住むこの町は田舎ではないが、自然豊かな落ち着いた町であった。彩奈は生まれてこの方この町で暮らしてきたし、この独特な雰囲気を気に入っていた。それでも、この町から出ようと思う理由。それは、近くに高校がないからなどというものではない。ましてや、同級生たちが嫌いなわけでもない。それは、そのようなのこととはまったく別にあり。 「花村さん、今日も綺麗ねー」 「あら、嬉しいわ。貴方のも、今日は特段可愛いわね。何かいいことでもあったの?」 「あ、分かるー?欲しかった本が買えたの!」 「あら、それは良かったわね。」 「おい、オマエ今日ぞ。どーせ母ちゃんにでも叱られたんだろ。」 「実はな…それで、今日晩飯抜きだって。飯食いに行こうぜ。」 「仕方ねェなあ。」 ワイワイと話すクラスメイトたち。多くも少なくもない人数のこの空間で、彩奈は一人ぽつんと座っている。話に入れないのだ。というのも、彼女は周りと少し違うからである。  彩奈の住むこの町では、10歳頃から頭に何かしらの花が咲く。サクラにバラ、ユリ、マリーゴールド――さまざまな美しい花が、町中に、人々の頭に咲いている。それが、この町の普通。中学生にもなると、皆咲いているのが当たり前。しかし、彩奈にはそれがない。頭に花どころか、蕾すら持たない彩奈は、この町では“異常者”なのだ。“花無し”はヘンに目立ってしまう。 (まあ、花なんて頭にあっても邪魔なだけだろうけど。) しかし、そのことを彩奈は特に苦としていない。むしろ、この風景にうんざりしていた。どこにいても、密室に一人ぼっちでいない限りは嫌でも花が目に付く。ゆえに、彩奈は花が嫌いであった。しかし、それは彩奈だけの秘密。嫌いだなど言ったら最後、確実に避けられる。 「ねェ彩奈、どう?可愛いリボンあったから、着けてみた。」 「うん、いつもより可愛いよ。似合ってる。」 「えー、やったあ!うふふ、今日良いことばっかだなあ。」 (花なんてなかったら、もっと似合うと思うけど。) 唯一気軽に話せる親友・(りん)が、水色の可愛らしいリボンで一つに髪をまとめていた。彼女の花はバラで、誰にでも優しく明るい彼女にぴったりの華やかな花だ。凜は確かに可愛い方だと思う。けど、コレはなんか違う気がするんだよな――彩奈は内心、そんなことを考えていた。  じめじめとしたこの暑い夏よ、早く終わってくれ。テレビで見る向日葵はそんなに嫌じゃないのは何故だろう、やはり町の外に行きたいだけなのか。涼しくなったら下見も兼ねて、一度都会へ遊びに行こう。授業中にも、彩奈はそう考えていた。 (涼めるところ、涼めるところ…森か?) 授業の内容など端から頭に入っていない。それより涼を求めていた。そんな彩奈が出した結論は一つ。
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