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「殺したい相手を殺せずにもどかしい方はいませんか?その一歩踏み出せない気持ちをレンタルさせていただきます!感情をレンタル出来るお店感情屋か」
俺は片手に持ったチラシに書いてある文章をそのまま読み上げながら見ていた。仕事終わりにポストを確認するのが日課でいつもはクソくだらない内容のゴミが大量にポスティングされているが今日は違った。
「殺したい相手ね……」
普通ならこんな胡散臭いチラシはゴミ箱にポイするんだろうが、俺からすれば妙に興味がそそられた。仕事の疲れも忘れて食い入るように詳細を確認する。チラシに書かれていた住所をそのままスマホにコピペして調べてみたが「感情屋」というお店はどこにも載っていなかった。
「う~ん」
剃り残した髭を触りながら俺は熟考する。明らかに怪しすぎるし、情報商材でも買わされる不安もあるが、どうしても俺は無視できなかった。何故ならいるからだ。
「殺したい奴」
脳裏を掠めるだけで憎悪が溢れだしてくる。学生時代に俺を虐めてきた奴。因果応報なんて言葉があるがあんなの嘘だ。ソイツは今となっちゃ月に何百万と稼ぐエリート社員で毎日高級車に乗って通勤している。更には美人な嫁さんと子供もいる始末。口には出せないような辱しめを耐え抜いた俺は今どうなっているかというとサビ残ばかりのブラック企業で毎日終電ギリギリの帰宅。この様がどれだけ悔しいかッ!
俺を不幸にしたアイツは幸せで不幸にされた俺はずっと不幸のまま。こんなの理不尽で神なんていないことを悟った。
「行くか」
決断はすぐに出来た。そしてその末の言葉も実に軽く、俺はチラシを綺麗に折り畳んでポッケに入れ、他のチラシは床に落とした。昨日まではずっと重かった足取りも心なしか浮いている。きっかけなんて何でも良かったのかもしれない。詐欺でも何でも。どうせ独り身の社畜野郎には使う金はあっても使う時間はないんだ。いくらでもくれてやる。それに例え他人事でも「お前なら出来る」と一言貰えるだけで俺は警察に捕まるかもしれないなんていう要らぬ不安を取り除ける気がしたから。唯一それだけがストッパーになってチラシに書いてある通り、一歩が踏み出せずにいた。
「ふんふん~」
柄にもない鼻歌を歌いながら俺は玄関扉を開けて、いつもなら全く気にしないのに今日に限って隣人の迷惑にならぬよう静かに扉を閉めたのだった。
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