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「毎度あり」
老人はそう言うと再びレジを叩き始め、数秒後画面に表示された金額をそのまま読み上げた。
「殺意の感情は十万円だ」
「・・・・・・」
俺は無言でカルトンに茶封筒ごと金を置く。
「釣りはいりません。中に三十万あります」
手に取り中身を確認した老人は懐にそれを仕舞うとカウンター下から何か取り出し、俺に差し出した。
「こ、これは……?」
幾つかの雑に包装された白い錠剤だった。戸惑いつつも受け取り、裏表ひっくり返しながら眺めていると老人はレジを閉めながら言った。
「それが殺意さ」
「……え?」
「それを一錠飲めば一人分、二錠飲めば二人分の殺人が出来るだろう。三十万払ったから三錠をあんたに貸す」
「ほ、本当にこんなもので……」
「ただ気を付けなよ。あくまでも貸すだけだ。感情は返してもらう」
「どういう事ですか?」
「今のあんたには殺意の中に迷いが見え、それ故にここに来た。大金を払ってでも……違うかい?」
「いや……そうです」
「あんたが誰を殺そうが殺すまいが私は興味ない。だけどな……殺した後必ずもう一度この店に戻ってこい。それで返却は完了だ」
「え、それだけで良いんですか?」
俺が簡単な返却方法に驚くと老人は分かってないと云いたげに首を何回か左右に振り、溜め息を吐きながら言った。
「それだけ……そうだな。皆そう言うよ」
「・・・・・・」
「ここに来るのはあんたのように殺意を借りに来た奴ばかり。本当は喜びとか愛とかそんな感情も同じ値段で借りられるというのに迷わず殺意を欲しがる。
どうしてそこまでして人生を棒に振ろうとするのか?自分が幸せになろうとは思わないのか?」
分かったような口を聞く老人に俺は虫酸が走り、激情した勢いでカウンターを叩きながら怒鳴った。
「あんたに何が分かるんだよッ!俺だって幸せになりたかったよ。でもなれなかったから!それなのに俺を不幸にしたアイツは幸せで今じゃ家族もいる。
あんたは虐められた俺が悪いってのか!俺が逃避してるだけだって!?」
「……それも皆言うよ。私はアンタの過去なんて興味はない。虐めをした、されたも全く持って他人事さ」
「なら黙ってろよ!余計な事を言うな!金は払ったんだ!こんな状況じゃなきゃこの店はただのぼったくりだろうがっ!」
怒りのまま言葉を乱暴にぶつけ続ける。彼に八つ当たりしたところで何も変わらないし、恥ずかしい事だって分かってる。頭では分かっていてもその下からが言うことを聞いてくれなかった。
彼は息を荒らして睨む俺の事を冷たい眼で見ながら呆れた口調で投げやりに言った。
「じゃあ勝手にしなよ。私はとにかく貸したもんを返してもらえればいいだけさ」
「あぁ!ここにもう一回戻ってくりゃあ良いんだろ?血の付いた包丁と一緒に返しに来てやるから!」
「そうかい……そりゃあ楽しみだよ。そう言って戻ってきた奴はいなけどね」
「・・・・・・」
「もし戻ってこられなかった時の為に担保も預かっておこうか。何か金銭的な価値のあるものはあるかい?」
「ッチ。まだいんのか。なら、免許証とブランド時計、あとスマホも渡しとくよ。これで良いか?」
俺は投げるように自分の持ち物を彼に渡した。
「うん……良いだろ。じゃあ後は好きにしてきな。必ず戻ってくるんだぞ。サツに捕まる前にな」
「あぁ当たり前だ。分かってるよ。じゃあ数時間後にまた会おうぜ爺さん……殺しに行ってくるよ」
「・・・・・・・」
俺は勢いよく扉を開けた。
入ってきた時とは違いドアベルもそれに応えるように三回以上の強い音を鳴らし、俺は嬉しさでも喜びでもないたった一つの感情から来る笑みを浮かべながら、殺したい奴の事だけを考えて店を出た。
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