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12 隠し事
「恋人になったばかりなのに、ひどいじゃないですか」
左頬を抑えたニゲルが、ベッドに寝たままの俺を恨めしそうに見る。
「どっちがひどいんだ。ベッドの中でそんな高等な魔術を使うなんて」
「だから奥の手だって言ったんです」
「言葉の問題じゃない。雷なんて、そんな貴重で高等な魔術を、よりにもよってセックスに使うなんて……」
黒手袋じゃなかったとしても、魔術士を目指していた身としては雷がどれほど貴重な魔術かよくわかる。誰もが目指して獲得できる魔術じゃないのだ。
そんな貴重で高等な魔術を、俺を極限まで感じさせるために使っていたなんて、馬鹿じゃないのか。
「貴重な魔術をそんなことに使うなんて、馬鹿げてる」
「怒るところはそこですか?」
「なに」
「いや、魔術を使ったことを怒っているのかと思ったんですけど、高等な魔術って部分に怒っているように聞こえたんで」
「……魔術を使ったことに、呆れてもいるんだからな」
「やっぱり雷ってところに怒ってるんですね」
「違う」
「あはは、ほんとハイネさんはかわいいなぁ」
妙な指摘に反論できず、近づいてきた顔を避け損ねてキスをされた。
俺は道具や媚薬を使ったセックスにそれほど抵抗がない。好んで使いたいとは思わないが、気持ちがいいことが好きだからか拒絶感はなかった。
だから、魔術を使ったセックス自体をどうこう思うことはない。それでもニゲルの頬を叩いたのは、高等な魔術を使ったことを窘めなければと咄嗟に思ったからだ。
一つのエレメンツを使う魔術でも、それなりに魔力を使う。それを二つ同時に使うということは、威力云々以前に多くの魔力を消費するということだ。
魔力は体力と同じで使えば使うだけ疲労が溜まる。冒険者として依頼をこなしてもいたニゲルは、本来休息すべき夜に無駄に魔力を消費し、セックスで体力も使っていたということだ。
(そんな無駄使いをするなんて、馬鹿げてるだろう)
馬鹿げている、というより馬鹿だ。しかも俺をどうこうするためにと聞いて、カッとなった。
「そうまでして俺をどうこうしたいとか、意味がわからない」
「そうでもしないと、ハイネさんを独り占めできないと思ったんです。即オチするくらい快感に弱いって初日にわかったんで、まずは体から陥落させようかと」
「陥落って、いや、そもそも雷を使おうだなんて普通は思いつかない。それに前立腺だとかメスイキだとか知ってるってことは、男相手にも相当手慣れてるってことだよな」
「俺から誘ったことはありませんよ。ハイネさんが初めてです」
「嘘だ。じゃなきゃ、あんなにうまいはずがない」
「ほんとですって。まぁ誘われたり勝手に乗っかられてたりしたことはありますけど。っていうか、俺のこと、うまいって思っていてくれたんですね」
余計なことを言ってしまったことに気がついて、プイと顔を背けた。というよりも、赤くなっていそうな顔を見られるのが恥ずかしくて背けるしかなかった。
「……手慣れていなきゃ、雷を使おうなんて思いつかないだろ」
「セックスだけで言えば、まぁ不慣れとは言いませんけど。でも魔術を使ってまで手に入れたいと思ったのは、ハイネさんが初めなんです」
「嘘だ。初めてで威力を調整するなんて難しいことができるはずない。白手袋を目指していた俺は騙せないから」
「それは雷撃が得意だからじゃないですかね。ハイネさんがいまでも解毒の魔術が使えるのと似たようなものです」
いや、それは違うだろう。解毒の魔術は効果の違いはあれど、白手袋の魔術士ならほとんどの人が使える基本的な魔術だ。誰もが使うことのできない雷の魔術と一緒にするなんて、冗談じゃない。
「言いたくないなら、別に言わなくていい」
そう言いながらも、なぜか胸が少しだけズキンとした。
俺を好きだと言い、貴重な魔術を使ってまでどうにかしたいと思っていても隠し事をしている……、そんなことを勝手に思って勝手に落ち込んでいる。俺だって話していないことがあるのに、ニゲルには自分勝手なことを思ってしまった。
あぁ、そうだ、恋をするとはこういう気持ちを抱くということだ。そういうことが煩わしくて二度と恋をしないと思っていたはずなのに、呆気なく恋心を思い出した自分に笑いたくなった。
「隠したいと思ってるわけじゃないですよ」
大きな手がいつもの優しい手つきで俺の髪を撫でている。たったそれだけのことに、甘い疼きで胸が締めつけられそうになる。
「何ていうか、俺のくだらない話をするのは、まだ早いかなと思って」
「……どういうこと?」
「話して嫌われたらショックで立ち直れそうにないんです。やっと恋人になれたのに即お別れなんて、絶対に嫌なんで」
気配で、髪を持ち上げられキスされたのがわかった。それだけで、さらに胸が甘く疼く。
「くだらなくは、ないだろ。その若さでシルバーランクだし、“黒手の剣士”なんて呼ばれてたくらいなんだし」
「冒険者としてならまだマシかもしれませんけど、プライベートはくだらないですよ? とくにセックスに関しては、まぁ最低かな」
「……そんなこと、体だけの関係を重ねていた俺だって同じじゃないか」
「あ、それ具体的に言わないでくださいね。俺、自分が思っている以上に嫉妬深いみたいなんで、話を聞いたら片っ端から潰しに行きかねません」
あぁ、まただ。内容は物騒なものなのに、なぜかうれしく感じて体の奥が甘く痺れてきた。
「まぁ、隠し続けたところでいつか知られてしまうと思うんで話しますけど……。でも、何度も魔術を使ってセックスしたのは、本当にハイネさんが初めてなんです。そうしてまでも手に入れたいと思った。これは嘘じゃない」
真剣な声に、顔を背けたままこくりと頷いた。すると短く息を吐く音が聞こえ、「嫌われないといいんですけど」と言って髪を撫でていた手が離れた。
「俺が十四歳でギルドに登録した話はしましたよね。年齢のせいか、ちょっとした有名人になったんです。冒険者として声をかけられる分にはよかったんですけど、女性から声をかけられることも多くなって。あの頃は俺もただのガキだったんで、誘われるままに誰とでも寝たりしちゃってたんですよね」
誰とでも、ということは相当だったんだろう。しかも大人とは言い難い十四歳だ、揉め事に巻き込まれたであろうことは容易に想像できた。
「面倒くさいことがいろいろ起きて、それで街を出て流れの冒険者になったんです。その後も面倒なことが何度も起きるから、これはさすがに何か考えないとなと思ったんですよね。そんなとき、雷鳥の卵の話を聞いたんです」
「雷鳥の卵?」
「はい。雷鳥の卵って、微量の雷を帯びているじゃないですか。たまたま立ち寄った街に、その卵を使って肩こりや腰痛を治療する薬学士がいたんですけど、話を聞いてこれだと思ったんです」
意味がわからなくて、背けていた顔をニゲルのほうに向けた。
「どういうこと?」
「なんでも微量の雷を人間の体に与えると、それが刺激になって痛みを和らげたり気持ちよくなったりするらしくて」
「……まさか」
「そのとき俺は十五だったんですけど、もう雷撃を使いこなせるようになっていたんで、威力を調整すれば使えるかなぁと思ったんです。で、いろいろ試しているうちに、お腹に極微量の雷撃を流すだけで相手がちょっと引くくらい激しくイくことがわかったんです。おかげで『最高』って重宝がられたりして、気がついたらお金を貰ったりもしてました」
なるほど、それでやけに懐が潤っていたということか。
「あとは、まぁ突っ込まなくてもイかせられるから、後で言い訳しやすいかなって。ほら、突っ込んでないから正確にはセックスしたってことにはならないし、それなら浮気にはならないかなっていうか……」
灰青色の目が何度か左右に揺れたあと、「同じ人とは寝たりしてませんし、恋人もいたことないですよ」と言い、伺うように俺を見てきた。セックスの間はやけに手慣れていて俺を翻弄するくらいなのに、いまは叱られるのを待つ子どものように見える。
「……ね、どうしようもないでしょ?」
「どうしようもないというか、最低だな」
「ですよね……」
「でも、そうなってしまったことはわかる。十四歳の冒険者なんて注目されて当然だし、その頃のおまえもきっとモテただろうし」
それにきっと、いまよりもかわいかったに違いない。有名で才能ある少年冒険者と関係を持ちたいと思う女性がいてもおかしくはないし、なんなら男もいたかもしれない。
そういう状況でスタートしたのなら、セックス観が多少歪んだとしても理解できなくはなかった。高等な魔術を使うことに関してはどうかと思わなくもないが、経験豊富なことについては俺がどうこう言える立場でもない。
「俺のこと、嫌いになりました?」
「そんなこと言ったら、俺はどうなる? 恋人を作りたくないくせにセックスだけはしたいからって、取っ替え引っ替えしてたんだ。俺だって最低だろう」
「ハイネさんの悪い噂は聞いたことないですよ」
「この容姿と、容姿に似合う言動を続けてきたからだよ。みんなそれに騙されているだけ」
そうだ、本当の俺を知ったうえで求めてくれていたわけじゃない。そういう意味では相手を騙していたわけだし、俺だって最低だ。
「それじゃあ、ハイネさんがかわいいって誰も知らないってことですか?」
ニゲルのうれしそうな声に、何を言い出すんだと呆れてしまった。いまの話から、どうすればそういう言葉が出てくるんだ。
「かわいくなんて、ないから」
「かわいいですよ。でもそっか、誰もかわいいハイネさんを知らないんだ」
「だから、かわいくなんてない」
「えぇ? かわいいですよ?」
いくら否定しても満面の笑みで「かわいい」と言い続ける顔を見ていられなくて、視線を逸らした。
「かわいいハイネさんを俺しか知らないなんて、最高じゃないですか」
まだ言うかと視線を戻せば、いつの間にか目の前に整った顔が近づいていた。
「これからも、俺しか知らないかわいいハイネさんをいっぱい見たいです。もちろん、俺にしかできないセックスをして俺しか見られない姿もいっぱい見せてくださいね」
「おまえ、反省してないだろう」
「こんな俺でもいいって、ハイネさんが言ってくれたんですよ?」
「そこまで言ってな、……って、何して、……っ!」
薄い掛布の上から体を撫でられた直後、胸にビリビリとした痺れが走ってビクリと体が震えた。原因がわかったとしても、急に刺激に襲われれば驚いてしまう。思わずキッと睨んだ……が、そこにあったのはにやけた顔ではなく、穏やかな表情だった。
「ハイネさんがどうして恋人を作りたくなかったのか、どうして白手袋を目指すのをやめたのか、いつか教えてくださいね」
「……」
「大丈夫です、無理に聞き出そうなんて思ってませんから」
「……そんな、大した理由なんてない」
どちらかと言えば、いま聞いたニゲルの話と同じくらいくだらない内容だ。
「でも、言いたくないと思うくらいには、それなりの理由があるんでしょう?」
「……聞いても、おもしろくないよ」
「俺の話もおもしろくなかったですよね?」
「……」
おもしろくないと言うより、俺の話のほうが本当にどうしようもないことなんだ。きっと話せば呆れてしまうくらいに、そんな理由でと笑われてしまうくらいに。
そう思うと、大した話じゃないのにますます言いづらくなってしまう。
「俺、ハイネさんの気持ちも全部ほしいって言ったじゃないですか。だから嫌なことも全部吐き出して、心の中全部を俺にください」
「なに、言ってんだか」
「俺以外のことで頭と心を埋めてほしくないっていう我が儘です」
ニゲルの言葉と笑顔に胸が甘く疼いた。
もう二度と恋をしないなんて頑なに思っていたときには戻れない。こんなに俺を求めてくれるニゲルを手放したりはできない。
そう思うだけで心も体もジンジンと疼き始める。気持ちと一緒に体までもが熱くなって、……尻の間からトロリと流れ出したモノにまで感じてしまった。
「いつか、ね」
「はい、待ってます」
にこりと笑った爽やかな顔にもっと近づきたくて、力の入らない腕を精一杯動かして逞しい首に巻きつけた。
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