番外編 新人受付とゴールド剣士のある日

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番外編 新人受付とゴールド剣士のある日

 今日は、二人で使うお揃いの食器を買いに雑貨屋まで行った。ついでにと言われて寝間着も買うことになったけれど、こっちは色違いの物を買った。恋人と一緒に住むのはこれが初めてで、こういうちょっとしたことにもドキドキする。  それに恋人はとてもかっこいいから、本当に僕の恋人なのか、つい、何度も隣を見て確認してしまう。 「どうした?」 「……なんでもない、です」  優しい真っ黒な目で見られるだけで、顔が赤くなりそうになる。  慌てて前を向くんだけど、僕がドキドキしていることなんて、恋人はきっとわかっているに違いない。だから大勢が歩いているこんな通りの真ん中で、頭のてっぺんにチュッとかしてくるんだ。 「フ、フロイン!」 「照れている顔がかわいくて、つい」 「つい、じゃないですっ」 「ははは、そう怒るな」  もう、もう、もうっ。  今度こそ僕の顔は真っ赤になっているはず。それを見られるのが恥ずかしくて、大きな袋を抱え直してから目の前の橋に向かって勢いよく足を踏み出した。  大股でズンズン歩いているけど、僕よりずっと体の大きな恋人はすぐに追いついてしまう。そうして微笑みながら「危ないぞ」と声をかけてくる。  橋の真ん中くらいで追いついた恋人を、チラッと見た。 (……かっこいいなぁ……)  この辺りで名を馳せているゴールドランクの剣士、それが僕の恋人だ。僕より十一歳年上の大人で、冒険者としても一人の人間としても街中の人に慕われている。そんな人が僕の恋人だなんて、やっぱり夢じゃないのかなぁなんて、いまだに思ってしまう。  僕がフロイン・ヒューゲルというゴールド剣士に出会ったのは、新米受付としてサウザンドルインズに来た日だった。大きく逞しい体に優しくもキリッとした顔立ち、それに剣と言うには大きすぎる武器を軽々と背負った姿に、すぐさま一目惚れしてしまった。  そう、フロインは僕が憧れてやまない理想の剣士そのものだった。  僕は六歳のときに見た剣士が忘れられなくて、それからずっと剣士になりたいと思っていた。六歳のとき――それは、目の前で行商人だった両親が魔獣に殺されるのを目撃したときだ。  滅多に魔獣なんて出てこない道なのに、運悪く移動中の魔獣に出くわし、僕を守ろうとした両親はあっという間に殺されてしまった。あまりの出来事と恐怖に動けなくなっていた僕を救ってくれたのは、通りがかった流れの冒険者だった。巨大な剣を流れるように動かし、四頭いた魔獣はすぐに討伐された。  その後、僕は父さんの弟に引き取られた。それからすぐに、街にいた剣士に弟子入りをした。僕を助けてくれた剣士みたいな冒険者になりたい、それが当時の僕の唯一の夢だったからだ。  師匠のもとには七人の子どもがいた。二人は街出身の子で、残り五人は僕と同じように孤児になって街にたどり着いた子どもだった。  どの街でも孤児というのは珍しくない。僕と同じように行商人の両親が魔獣に殺されて、という場合もあるけれど、冒険者の両親、または片親が死んでしまったから、という子どももいるからだ。  だからどの街にも孤児がそこそこいて、冒険者になりたい子どもたちで溢れかえっていた。なぜなら冒険者になればお金を稼げるし、早くに独り立ちできるから。それに、やっぱり冒険者は子どもにとって憧れの存在だから、純粋になりたがる子どもも多い。  もちろん道具屋や武具屋になるために弟子入りする子どももいた。そういう職業は子どものうちから弟子入りするのが普通だから、師匠になる側も心よく受け入れてくれる。  もしかすると、この世界は冒険者のための世界なのかもしれない、そんなことを思うくらいには孤児も弟子入りも日常的なことだった。  僕が弟子入りした師匠は、ちょっと大雑把で口が悪い剣士だった。でも僕たちにはたくさんご飯を食べさせてくれたし、修行以外にもいろんなことを教えてくれた。  僕は師匠のもとで六年間、十二歳まで剣士になるための修行を続けた。でも、剣士になる未来は見えなかった。少し困った顔をした師匠に「おまえには剣士の適正がないんだよなぁ」と言われ、「魔術士なら可能性もあるか」と、知り合いの魔術士を紹介された。  二度目の師匠は白手袋の魔術士だった。治癒魔術が得意で、いつも微笑んでいるような優しい雰囲気の人だった。本当は剣士になりたかったけれど、この際冒険者になれるなら魔術士でもいいやと思って白手袋になるための修行をした。  十八歳になったある日、冒険者になるためにギルドで行われる認定試験を受けることになった。――結果は駄目だった。  落第した僕に、優しい師匠は「向いていないのかもしれませんねぇ」と困り顔で話した。それから「昔、パーティを組んでいた魔術士のところへ行ってみませんか」と言われ、僕は隣街に行くことになった。  そうして出会ったのが三度目の師匠だ。  二度も師匠に捨てられた僕は、すっかり捻くれてしまっていた。どうせ今度も駄目だと言われて捨てられるに違いない……、そんなことを思って修行をする気になれなかった。  そんな僕に師匠は「つらいなら、まぁ、無理に修行しなくて、いいんじゃないの」と間延びした声で言ってくれた。  僕は、その言葉に泣いてしまった。見捨てられたと思ったからじゃない。つらいなら無理をしなくてもいいんだと、初めて言ってもらったからだ。  それから僕は、いままで以上に真面目に修行した。といっても三度目の師匠は黒手袋だから、白手袋を目指す僕に直接教えられることは少ない。そもそも白手袋を目指しているのに、どうして二度目の師匠は黒手袋の師匠に預けようと思ったのか首を傾げた。  それでも新しい師匠のおかげで、少ない魔力量でもなんとか魔術を使いこなせるようになった。そうして十九歳のとき、ようやく冒険者としてギルドに登録することができた。  それからは流れの冒険者になって、あちこちの街で剣士とパーティを組んだ。いつか、三度目の師匠が話してくれた“黒手の剣士”に出会えないか期待もした。  はじめのうちは、憧れの剣士のそばにいられることがうれしくて仕方がなかった。でも、そのうち自分が役に立っていないこと、白手袋として限界が見えていることに気がついた。  そのことを三度目の師匠に相談したところ、「ギルドの受付、という道もあるねぇ」という間延びした返事をもらい、僕は受付を目指すことにした。  白手袋じゃなくても、ギルドで働けるなら憧れの剣士を陰で支えることができる。パーティとは違うけれど、僕でも役に立てるかもしれないと思った。役に立てれば、もう捨てられることはない。それに、いつか憧れの“黒手の剣士”に出会えるかもしれないなんてことも考えた。  必死に勉強して、二十四歳になってようやく受付の試験に合格できた。そうしてギルドから派遣先として紹介されたのが、サウザンドルインズだった。  僕は、サウザンドルインズでようやく自分の居場所を見つけられた気がする。  受付の先輩たちはみんないい人だし、街の人たちも賑やかで楽しい。僕のことを「黄金の受付嬢」なんて呼ぶのには驚いたけれど、それだって街の一員だと認めてもらえたようでうれしかった。 「あ、」  川沿いのカフェに、キラキラした人が見えた。あれは間違いなく受付の先輩であり、元祖“黄金の受付嬢”であるハイネさんだ。向かい側に座っているのは、ハイネさんの恋人であり憧れの剣士でもあるニゲルさんだった。 「ハイネたちもデートか」 「デ、デート」 「デートだろう?」 「デート、ですね」  自分たちがデート、というのはちょっと恥ずかしいけれど、ハイネさんたちは間違いなく恋人のデートだ。  遠目だけれどハイネさんはいつもよりずっと美人だし、ニゲルさんだって優しい雰囲気に見える。やっぱり物語に登場する美男美女の恋人みたいな二人だなぁと思って、思わずうっとり見てしまった。それにあんなに相思相愛なんて、やっぱり憧れる。 「わたしたちも負けていないと思うが?」 「え?」  驚いて隣を見上げたら、ひょいとかがんだフロインにチュッとキスをされた。それも、唇に。 「フ、フロインっ」  持っていた紙袋を落としそうになり、慌てて抱え直す。 「ハイネは女神だが、アイクは天使だな」 「な……っ」  真面目な顔で何てことを言い出すのかとびっくりして、やっぱりわたわたと慌ててしまった。  好きだと言われた後、うだうだしながらも自分の気持ちに気づいて僕が返事をするまで、フロインはこういうことをあまり言う人じゃなかった。多少強引になることはあっても、いつも僕のことを考えたり気持ちを察してくれていたように思う。それはきっと彼の生い立ちのせいだとは思うけれど、最近はちょっと違うのかもしれないと思うことが増えてきた。 (フロインって、本当はこういう人なのかもしれない……)  だって、あまりにも自然に「かわいい」とか「天使だ」とかを口にするんだ。それに道端でもギルドでも、チュッと唇にキスをしてくる。ニゲルさんがハイネさんにするのはよく見かけるから慣れてしまったけれど、僕自身が経験することになるなんて思ってもみなかった。  さすがにみんなに見られるのは恥ずかしいからやめてほしいのに、周りの人たちまで「照れる黄金の受付嬢たちはサウザンドルインズの名物だな」なんて言い出すから、ますますキスをされるようになってしまった気がする。 (ううん、気のせいじゃない。だってハイネさんも言ってたから)  ハイネさんは苦笑しながら、「まぁいいけどね」なんて言っていた。  笑ってそんなことが言えるハイネさんは大人だと思う。だって僕は恥ずかしくて、そんなことを言える気がしない。 「さぁ、帰ろうか」  フロインの言葉にこくんと頷きながら、抱えた紙袋で真っ赤になっているはずの顔を隠した。こんな橋の真ん中でキスなんて……、と恥ずかしく思っているのに、口はニマニマ笑ってしまう。 (僕だって、本当はちょっとうれしいんだ)  僕が恋人なんだって教えてもらっているみたいで、恥ずかしいけれどうれしい。そんなことを思いながら、フロインと僕の家へと帰った。
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