【5】

1/2
前へ
/17ページ
次へ

【5】

「それでは、付いてきてください。呼吸法は、先ほど教えた通りです。パニックにならずに、ただ私を見て進んでください」  ベクネが光るブレスレットを付けた右腕を上げ、それを合図に皆が潜水を開始した。  全員ではない。  マーラックの民全体の六割ほどだろうか。  またラートンを含む浅瀬の魚群がタガルの呼び掛けによって集まり、海中は珊瑚の産卵時のような混み合いになった。  先頭を進むベクネがタガルの手を引く。  実際、皆が道標にしたのはベクネではなく、愛する姫タガルであった。  いつもは海水温が低い夜の海だが、今宵はそうはならなかった。  日が沈んでも温い。  次の朝日からまたぐんと熱が高まるのは必至だろう。  暗いと思っていた夜の海も、潜るほどに『ああ、あれは明るかったのだ』と気づく。  あたしたちは行くのだ。  見知らぬ種が統治する漆黒の闇の世界に。  無意識に委縮する身体に、言われた通りのゆったりとした呼吸が出来ない。  それを見てベクネが囁く。 「大丈夫。何も恐れることはありません。  同じエイエの体内です。ただその深部に下るだけ。  星の中心部に移行するだけです」  何も見えない闇の中、頼れるのはベクネの手だけ。  冷たい手だが、集中して握れば脈打つ鼓動が聴こえるようだ。  800メートルほど下った先に門があった。  そこをベクネが開門し、現れた世界にタガルは驚く。  
/17ページ

最初のコメントを投稿しよう!

18人が本棚に入れています
本棚に追加