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「……お母さんが、厳しいの」
あたしの隣に立って、夕暮れの街を眺める。その瞳はぼんやりとしていて、テストの答案を見るときの、あの切実さは感じられない。
それが、いいと思った。教室でも、そんな気の抜けた表情で笑えばいい。授業中だってぼうっと外を眺めていればいい。
あたしはそんな彼女の横顔を、きっといつまでも眺めているだろう。
「何点取らないとだめなの?」
「九十五点……」
「四捨五入して百ってこと? そりゃきついね。八十も九十もそんな変わんないと思うけど」
彼女の微笑みが、弱ったような色を帯びる。
きっちりとボタンの留められた袖、そこから覗くペンだこのある手が、フェンスをわずかに握り締める。
「本当は、早く帰らなきゃいけないんだけど……息が、息がね」
「うん、うん」
「息が詰まるの。外を見たら、鳥が飛んでて、風がそよいでて、心地よさそうで。みんな楽しそうでキラキラしてて……なんで私だけなんにもできないのかな。私、苦しいよ。勉強なんて好きじゃない」
ふるえる声が、風に流されていく。白銀の細いフレームを、涙がするりと伝い落ちる。
風が強くて、髪が乱れて、真宮さんは少しの苛立ちを込めて、ローポニーをほどいた。
傷ひとつない黒が舞い散って、やわらかなオレンジがかかる。
あたしはそのとき、夕焼け空を二分していく、あの真っ白な飛行機雲を思い浮かべていた。
「……ね、真宮ちゃん」
「……なに?」
「じゅりあって呼んで。ね、下のお名前教えて。あたし真宮ちゃんとお友だちになりたい。ずっとなりたかったんだよ」
胸が締めつけられるようだった。
家に帰れば、教室に戻れば、彼女はいつものように心を押し殺してしまう。
放課後の屋上だけでもいいから、本当のあなたを眺めていたい。
「私の名前、そんなに可愛くないよ……?」
「真宮ちゃんならなんでも可愛いよ、絶対。教えて。何でもするから!」
「……け、桂子……」
「JとKじゃん!!」
あたしの叫びに肩をびくつかせ、首をかしげる。そっか、別世界だと思ってたけど、あたしたち隣り合ってたんだ。
「桂子ちゃん、紙飛行機、飛ばしてみる?」
あたしはカバンの中から三点のプリントを取り出して、桂子ちゃんにあげた。
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