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真剣に頭を下げる親友を前にして、牧野幸枝は言葉を失った。何やら切羽詰まった様子で話があると言われ会ってみると、通帳と印鑑、キャッシュカードまで持ち出してきたからだ。名義人は彼女の娘の小笠原友美になっている。
恐る恐る残高を確認してみれば乱視になってしまったのかと思うほどゼロの数が多い。いくら親友とはいえ、他人に預けるなんてどうかしている。
「ちょっと待ってよ。こんなもの預かれるわけないでしょ。どうしたの?何があったの?」
江美は、ぼそぼそと喋り出した。全体的にざわついているファミレスでは、身を乗り出さないと聞こえない。
「旦那が亡くなって、二人でいたら私…ますますあの子に当たっちゃう気がするの。頭では分かってるつもりなのに悶々とすると耐えられなくなって…気づくと友美に打撲ができてる…ちょっと頭を冷やしたいの。食料は沢山買っておいたから大丈夫だとは思うんだけど…これはあの人と二人で友美のために貯めたお金だから。私が持ってると使っちゃいそうだし、お願い。私が帰るまででいいから」
「だからってまさか…一人で留守番させるつもりなの!?小学二年生の友美ちゃんを!?実家にあずけるとか――」
「無理だよ。あたし、勘当されてるもん」
答えが食い気味に返ってきた。一度こうと決めたら曲げない江美の性格を知っている幸枝は説得が難しいことを悟った。
「……分かった。少しの間なら。ちゃんと帰って来るんだよね?」
前々から江美にネグレクトの兆候を見ていた幸枝は確認した。江美は緩く口角を上げ、小さく頷いた。
「けど、もし…もしよ?何か頼ってきたら、あの子に無いものをあげて。このお金で」
音量は小さいものの、迷いは感じられない。もう信じられるのは幸枝だけなの、と続ける彼女の両手はテーブルの上で固く握られ震えていた。
「今の時代、どんなサービスもあるでしょ?購入代行、サブスク、食材の宅配…レンタルも含めたら何だってできるじゃない?………ね。今日は奢って!じゃあよろしくね!」
「ちょ、待って!江美!」
江美は明るい笑顔を見せた。先程までの雰囲気のせいで不自然さが際立つ。そしてさっと席を立ち香水の匂いだけを残して足早に店を出ていった。
彼女が去り際に、とても小さく『家族もね』と言ったのを幸枝は聞き逃さなかった。確かに、独自の歌詞とメロディーの♪目に見えるものは勿論、見えないものでも大丈夫!気になったらまず検索!というフレーズは嫌と言うほど耳にする。最近になって利用者が爆発的に増えているというレンタル会社『スケルトン・レンタル』のものだ。
家族になる方法としては養子縁組があるが、江美が帰ってくると意思表示しているし赤の他人では手続きが難航することくらい、法律に詳しくなくても想像がつく。念のため家族が借りられるのか検索はしたが、戻らないのではないかという予感を打ち消し幸枝は彼女の帰りを待った。
けれど結局、彼女の家を訪れたのは江美ではなく友美で、幸枝は友美のために手続きを済ませたのだった。
SNSやテレビでは、盛んに異常気象や新しいウイルスの発見が取り上げられている。隕石が近づいているという噂まであった。色々な技術が進歩し、どんどん便利にはなっていくが、地球温暖化も歩みを止めていない。
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