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キリウム王子side彼は人魚?
今日は年に一回の社交界デビューの日。
僕はもう14歳で10歳のデビューの日は遥か遠い思い出のように感じる。
この平和が続くパステート王国の王子の一人として、王国主催の行事にはにこやかに参加している。
これから僕たちを支えるかもしれない貴族の新顔を見ておくのは益にはなれど、損はしないだろうし。
僕は皆から熱くならない王子と評されているのは知っているけれど、ただ単に割り切っているだけだ。
僕は大きく期待しなければ、失望することも無いと良く知っているだけだ。
今王都でセンセーショナルな噂といえば、人魚伝説だ。
僕が触れ回った訳ではないから、一緒に居た護衛の二人の騎士から漏れたんだろう。
しかしあの夏の日の衝撃といったらなかった。今でもまざまざと思い浮かべることができる。
あのこちらに向ける邪気のない真っ青な瞳と、赤くみずみずしい唇と。
天使の様な、いや人魚だから魔物か?どちらでも良いが、僕はすっかり魅せられてしまった様で、一部の人間には取り憑かれたと陰口を叩かれる始末だ。笑える。
そんな事をツラツラと考えながらアルカイックスマイルを顔に貼り付けて王族の前を横切っていく貴族達を見送っていた。
突然僕は胸が大きくドクリとゆっくり鳴ったのを感じて思わず胸に手を当てた。
僕の目の前には、あの夏の日に見つめたのと同じ瞳があったからだ。
『あの時の人魚だ。』
私は彼が人魚であるはずが無いとドキドキと弾む胸に身体を熱くさせながら、目の前の貴族令息の一挙手一投足を目に焼き付けようと目を凝らした。
息を止め過ぎたのか、途中でむせ込んでしまったのをチラリと彼に見られたのは後から考えると恥ずかしい限りだった。
彼の名はリオネルン。スペード伯爵家の次男だった。
そういえば傍にいるスペード伯爵の嫡男令息は知っている。
確かポートランド伯爵家のジャックと仲良くしている高等貴族院の学生、剣術に抜きん出るリュードだったか。
女子学生が冷血の君と呼んでいた様な気がする。
兄と弟の醸し出す空気がまるで違うのでこうして並んでいても兄弟とは思えないほどだ。
リュードがリオネルンに向ける眼差しが、柔らかく揺らぐので弟を大事にしているのが直ぐにわかる。
あれだけ儚げな天使の様な弟ならば、さもありなんとは思うが何故か私の胸はチクリと疼いた。
社交の間中、私は只々リオネルンの姿を追い求めて目線を彷徨わせていた。
友人らしきデビュー令息達と屈託のない明るい笑顔で話をする、その立ち振る舞い。
学院生に周囲を囲まれて少し困った様な表情。遠くを見て安堵した後に浮かべる胸を締め付ける様な愛くるしい笑顔。
ああ、あのとろける様な笑顔の先のその相手が私であったのなら…。
相手は兄だったので、安心したやら、そうでもない様な。
私の心は浮き沈み激しく揺さぶられながら、リオネルンの姿を見失うことのない様に追いかけるのだった。
リオネルンが人魚であるのか、そうで無いかという最初の疑問はもはやどうでもよくなっていた。
只々、彼が僕を見て微笑んでくれたのなら。それだけだ。
リオネルンは僕の人魚だ。
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