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ぼくは、ネコさんの尻尾を、一生懸命にかじった。
あの立派な、王様のように威風堂々とした素敵な尻尾を!
嬉しくて、悲しくて、けれども幸せで、泣きながら、ネコさんの尻尾をかじりとった。
「さあ、立てた! 逃げるぞ!」
ネコさんは、ぼくを咥えると、疾風のように駆け出した。
瓦礫の山をヒョイヒョイと身軽に飛び越え、燃えてスカスカになってしまった屋敷の回りを囲む生垣を超えて、一目散に炎から遠くへ遠くへと風を切って走った。
ドガガガ———ン!!
背後で大きな爆発音が響いた。
ネコさんは、ぼくを、ひんやりと朝露に濡れた草の中に下ろした。
そこは、お屋敷があった街並みが一望に見渡せる小高い丘の上だった。
ところどころ緑が配置された美しい街並みは、跡形もなく焼土と化していた。
お屋敷があった辺りには大きな火柱が赤々と燃え盛っていた。
「ネズミくん。ありがとう。キミは、キミにしかできない立派な役目を果たした。今度生まれてくる時は、きっと幸せなネコになれるよ。」
ネコさんは、そう言って、ぼくの背中を優しく丁寧に舐めてくれた。
たくさんの野良猫や、犬や、アヒルや、牛や、ブタが、炎から逃れ、丘に上がってくるのが見える。
ネコさんの尻尾の傷口から、滴り落ちる血の匂いを頼りに、みんな、安全な場所へ向かって避難して来るのだ。
「ネコさん。まだまだ、これからです。ぼくは、やっと大切なことに気づきました。ぼくにしかできないことは、きっと一つじゃない。ネコさんと、ぼくと、いっしょに力を合わせれば、もっともっと、たくさんのことができる。ぼくたち、もっと幸せになりましょう。あの逃げ惑う野良猫やアヒルたちといっしょに、みんなで幸せになりましょう。こんなに小さくて、何も知らなくて、コソコソ、ビクビクしていたぼくだけど、そんな弱々しいぼくにも、できることがある。ぼくにしか、できないことがあるんだ。ネコさんは、たくさんの愛と知恵で、それに気づかせてくれた。本当にありがとう。」
ネコさんは、優しく微笑んだ。
美しい街並みは失われてしまったけれど、愛と勇気があれば、励まし合う友だちがいれば、きっとまた、みんなで幸せになれる。
果てしなく続く瓦礫の向こうから、朝陽が昇ろうとしていた。
了
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