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真夏に婚活なんてするものじゃない。
そう思うのは、化粧直しがはなはだ面倒くさいから。
真上から照りつける日差しは痛いほどで、日傘なんて役に立たない。
横断歩道で止まっている間に、前髪の生え際から汗が滴り落ちて、ファンデーションを溶かしてしまう。
だけど、結婚したい。
鳥海千夏、29歳には、のんびり夏をエンジョイする暇なんてない。仕事が休みの土日には、とにかく、男性との面会をこなさきゃならない。
ボサっとしていたら、友達はみんなお相手を見つけてしまって、意気揚々と婚約指輪なんか嵌めたりして、晴れやかな笑顔で悪魔の報告をしてくるに決まってるんだから!
この妙な焦燥感のために、仕事で貯めたお金を結婚相談所の入会費につぎ込んだ。結婚が決まった暁には、成婚料までむしり取られる。
でも仕方ない。それがシアワセの対価だから。
相談所に入会して、活動をはじめてから半年。
現在の進捗状況は、仮交際中の相手が2人。
でも今日約束しているのは、その人たちじゃない。
初めて会う相手だった。
ひとつ歳上の男性だ。
お見合い場所は、品川にあるホテルのカフェで、あたしは今、そこへ向かっているのだ。
品川駅へは電車を乗り継いで30分。
今のペースで歩けば、十分、電車に間に合う。
最寄り駅までの道のり、交差点を渡ると、セントラルパークの芝生広場が賑わしい。
イベントをやっているようだ。軽快な音楽、子供たちの笑い声が聞こえる。
わたあめを持った家族連れとすれ違い、あたしは気付いた。ああそうか、今日は、毎年この時期に開かれる夏祭りの日だった。
あたしが小さい頃は、古き良き縁日の風情があった。
でも今は、地元の企業や学生、大人も子供も寄り集まって、ステージでのパフォーマンスやワークショップも企画され、様相が変わってしまった。
(あたしも昔、遊びに行ったっけなぁ)
金魚すくいが好きだった。
近所の幼馴染、ユウトくん。一緒に夏祭りに参加した。確か彼は、地方の大学に進学したはずだ。今は、どうしているかわからない。
ユウトくんの他に、毎年、金魚すくいコーナーで見かける兄妹がいたなと思い出す。あたしが金魚すくいに苦戦していたら、コツを教えてくれたっけ。これは俺んちの金魚なんだって、口癖のように言っていた。懐かしいなぁ。
だけど小学校の中学年にもなると、あたしは次第に夏祭りには行かなくなり、あの3人とも疎遠になってしまった。今では朧げな記憶でしかない。
軽く感傷に浸っていたら、駅の改札に着いた。発車ベルや人々の喧騒が、あたしを現実へ引き戻す。
改札を抜ける頃には、幼い日々の思い出は、瞬く間に消えた。
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