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結婚相談所で昔の知り合いに遭遇するなんて、悪夢以外の何ものでもない。
「覚えてませんか、僕のこと」
視界を遮る前髪を払いつつ、彼が苦笑する。
「同じ、ちゅうがっこう……。緑田中ですか? 同じ学年?」
本気で思い出せない。
こんな男子がいただろうか。
でも「思い出せないから教えて」なんて、本人を前にして言えない。
「そうですよ。緑田中で、同じ学年でした。鳥海さんと同じクラスになったことは……ありませんでしたね。6クラスもあったから。でも、名物先生、鉄道テッちゃんとか、いたでしょ」
いましたね、確かに。鉄道テッちゃんはいた。間違いない、宮苑優貴さんは本当に元同級生なんだ。
そういえば、名前くらいは、微かに聞き覚えがあるかもしれない。
とはいえ、15年前の記憶なんぞ、簡単に引っ張り出せるわけがない。
卒業アルバム持って来ればよかったと後悔しながら、いやいやそんなもん普通お見合いの席で必要になると思わないでしょ、とひとりツッコミをする。
指先で前髪をいじる彼と目があって、冷や汗が流れてきた。
あたしは、目の前のコップの水を、喉の奥に流し込む。わかった、まずはいったん落ち着こう。
「テツロウ先生は、よく覚えてます。社会科の先生でしたよね」
「でも、僕のことは覚えていないと」
にこっと笑う男に、コップの水をぶっかけて帰りたくなった。
「あの、宮苑さんは」
「優貴でいいよ。元同級生なんだし。僕も千夏さんって呼ばせてもらうね」
急にタメ口に変わった。
「はいどーぞ。あの、優貴さんは、中学では何か部活に入ってましたか」
ひとまず、こいつの情報を聞き出して、そこから糸口を見つけてやる。
「僕? 美術部だよ。そういう千夏さんは文芸部だっけ」
「何で知ってるんですか」
「だって、活動場所、近かったじゃないか。美術室と、文芸部の教室」
正直、文芸部での自分のアレコレは、黒歴史に近いものがあるので、あまり思い出したくない。
それはともかく、美術部には友達のエリカがいた。放課後に、何度か遊びに行ったことがある。しかし、優貴さんのような男子学生を見かけた記憶はない。
あたしをからかってるんじゃないかと疑ってみるが、優貴さんがお見合いの席で嘘を吐く理由が思い当たらない。
「お待たせいたしました、オレンジジュースでございます」
ようやく、飲み物が運ばれてきた。
あたしは、茜差す校舎に思いを馳せながら、オレンジジュースのグラスに手を伸ばした。
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