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ストローでオレンジの中の氷をかき混ぜる。
そして考える。どうすれば、この男の正体を暴けるだろうかと。
「美術室といえば」
あたしは挑むように、優貴さんに視線を戻した。
「あそこの石膏像、いつも面白い格好してましたよね」
本当に美術部員だったなら、知ってるはずだ。美術室に置いてあった、石膏像の七変化について。
あたしの渾身の微笑みを受けて、優貴さんはこともなげに頷いた。
「ああ、よく知ってるよ。ミロのヴィーナスの胸像だろう。カツラや髭をつけたり、制服のネクタイを巻いてみたり、毎日いろんな格好してたよね」
やっぱり、知ってたか。
あたしは笑顔の裏で舌打ちした。
「何、僕が嘘を吐いてるとでも思ったの」
優貴さんの問いを無視して、あたしは話を続ける。
「石膏像の件はちょっとふざけすぎだって、美術の先生怒ってませんでした?」
「先生が怒ってたのは、ヴィーナスにふざけた格好をさせてたからじゃないよ。僕が、ヴィーナス像を壊したからだ」
「は? 何でそんなことを」
あたしが剣呑な声を発すると、優貴さんはおかしそうに目を細めた。今は答える気がないらしい。
さっき、彼の問いを無視した仕返しじゃないよね。
「言いたくないなら別にいいですけど。あたし、石膏像が割れたって聞いた時、そんな姿めったに拝めないと思って、処分される前に見に行ったんですよ。推理小説の題材になるかもしれないって」
放課後、ネタ帳を持って美術室へ赴いた。そこには、美術部の女子が佇んでいて、突然押しかけたあたしに驚きつつも、壊れた石膏像を見せてくれた。
鼻から頭にかけて割れてなくなり、何とも哀愁漂う風情のヴィーナス。芸術なんて分かりもしないのに「これはこれでいいんじゃない」なんて言ったら、美術部の女子は恥ずかしそうに前髪を弄り、そうかもねと苦笑した。
あーー、昔の考えなしの自分って、思い出すだけで恥ずかしい。
「千夏さんは、推理小説が好きなの?」
「読むには読みますけど。社会人になってからは読書から遠ざかってしまって」
「そうなんだ。そしたらさ、ひとつ、頭の体操してみない。もしかしたら、僕のこと思い出すきっかけになるかもしれないし」
謎かけでもしようっての、受けて立つよ。
あたしが頷くと、優貴さんは『不思議な金魚』について語りはじめた。
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