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『きんぎょがにげた』ーー、あたしは思わず、昔読んだ絵本のタイトルを思い浮かべた。
いや、そんなメルヘンここでは求めてないから。
「鳥や猫に襲われたっていうのは? 窓が開いてて」
「美術準備室の窓は、いつも閉まっていたよ。それに、数が減ってないんだから、襲われたっていうのはおかしいね」
「それじゃ、誰かが、金魚をすり替えたんだ。例えば、A子さんの絵の才能に嫉妬した人が」
「なくはないかもしれないけど、準備室には、たいてい先生がいたからね。気付かれずにすり替えるのは至難の業だ」
パッと思いつくような考えでは、太刀打ちできそうにない。あたしは、優貴さんの話をしばし、整理する。
「あの。たまたま、大人の金魚が1匹死んで、そのタイミングでたまたま、別の金魚が子供を産んだ……なんてことはないですよね」
「死んだ金魚はどこいったの?」
「共喰い」
「えぐいこと考えるなぁ。けど、そうじゃないよ。稚魚がいたら、誰かしら気付くはずだ」
あたしの頭の中で再び、金魚が逃げた、の文字がリフレインする。
「降参する?」
「待ってください」
あたしは単なる文字の羅列じゃない、映像を思い描いた。赤白のコメット。薄い尾ビレを優雅になびかせ、泳ぐ姿。
その黒い目玉が、ギョロ、とこちらを向く。
そうだ。A子さんの金魚は、消えたんじゃない。
「あたし昔、縁日で捕まえた金魚を飼ってたことがあるんです。その時お母さんが言ってた」
あたしは、一言一句、噛み締めた。
「金魚の色と、模様が変わったって」
「きみには、この問題は簡単すぎたかな」
優貴さんはどこか、遠くを見るようにあたしを見つめた。
「そうだよ、金魚は消えたんじゃない。褪色したんだ」
優貴さんが分かりやすく説明してくれた。
魚は、赤い色素を自分の体内で作ることができない。100%、外的要因に頼っている。
色落ちの原因は様々で、餌の種類や、日光不足、ストレスや遺伝なんかで変化する。
それから、魚の体色は保護色だから、住んでいる環境が白いと、薄くなったりするという。
「A子さんは、白い底砂を敷いていたよね。そして水槽は、光があたりにくい美術準備室に置かれていた。これが、金魚の褪色を推し進めた」
「A子さんが気付いて、先生が気付かなかった理由はーー2週間後に見た人と、毎日観察し続けた人との差ですね」
「そうだね。間違い探しなんかでも、徐々に変化していった場合、なかなか気付きにくいものだから」
1日目の写真のままの金魚が見当たらなかったのは、体色の変化が原因だったのだ。
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