一線は越えさせません!(美形不良×平凡教師)

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一線は越えさせません!(美形不良×平凡教師)

「なぁ、先生。いつになったら抱かせてくれんの?」 進路相談室。扇風機の音と、開けた窓から下校する生徒の笑い声、そして目の前の男子生徒の低い声が聞こえた。 東雲 孝也(しののめ たかや)は、進路希望の紙に付けていた最後のチェックマークの丸がもう少しで繋がろうとしていた…はずだが。動揺して大幅にズレてしまった。 思わず眉を寄せて顔を上げると、葛谷 政近(くずや まさちか)の整った顔は、まるで愛おしい人を見る恍惚とした表情で東雲を見ていた。 そんな顔を先生に向けるもんじゃないと分かっている。それに先程まで進路の話をしていた筈なのに、これだ。 「…葛谷。何度も言ってるけど俺とお前は先生と生徒同士だ。そんなつもりは一切無いよ」  「俺が男だから?」 「そういう事じゃない。とにかく駄目なものは駄目。お互い警察のお世話になりたく無いだろ」 「そんなの俺は慣れっこだけど。怖いなら二人だけの秘密にしよ。…あぁ、もしかして先生は俺を抱きたいとか?」 「ちがっ、バカ!そういう問題じゃないだろ」 東雲の荒げた声が進路相談室に響き渡る。葛谷は揶揄うように少し掠れた声で小さく笑った。 「せんせー、そんな断り方じゃ駄目だな。ハッキリ断ってくれねぇと遠回しに男でもイケるって捉え方されるよ。けど残念ながら俺は先生をでろでろに愛しながら抱きたい側なんで」 「でろでろって…駄目ったら駄目だ」 そう言いながら避ける隙も無いほどスムーズに葛谷の左手が東雲の顎に添えた。 「せんせーは俺の与える快感をどんな顔で受け止めてくれるか…この目で見たいな」 笑っているのに本気だと言いたげな葛谷の目線に東雲はゾクッとした。感じではいけないモノを目の前の生徒に感じてしまい、咄嗟に手を払い退けた。 「おい、気持ち悪いから駄目って言った方が早かったか?」 「敢えて傷つけて突き放そうとしてるのも見え見えだし、疑問系でハッキリ言わない辺りもダメ」 「…っ!どうしろって言うんだよ~」 東雲はペンを机に置き頭を抱えた。そんな不憫な東雲を葛谷は喉を鳴らして笑った。 葛谷の担任になって三ヶ月程。何故葛谷から口説かれるようになったのか心当たりが全くなかった。 東雲はちらりと葛谷を見ると、右腕にしっかりと固定された白いギプスを少し動かして様子を見ている。 数週間前に喧嘩というものをして右腕が折れてしまったらしい。いつも黒と茶が混じった髪はオールバックのように後ろに流していたが、ギプスをしてから無造作に下ろした姿は新鮮だった。 葛谷は一年の時から問題児として先生の中ではある意味有名な存在だった。三年生の担任になり、名簿に葛谷の名前があるだけで体全身に緊張が走るほどだったのに、フタを開けると何故か異常な程の好意を向けられている。 なんだ?俺はお前の何を揺るがしたんだ?もしかして、あれか?以前喧嘩した時にあげた絆創膏か?先生に優しくされたのは初めてとか?それだけ?しっかりと理由を書いて明日までに提出だ!と言いたい所だが、不良だから宿題などするわけがない。 そもそも十七歳の不良男子高校生から口説かれるってなんだよ。モテる要素一切ないし、一度も恋愛をしたことがない冴えない男の何処が良かったのか。心の中で色んな疑問が湧き出るが、深掘りする必要もないだろう。 揶揄ってるだけだと分かっている。 東雲は質問すべき進路相談は既に終わっていて、長居する事を避けるように急いで立ち上がった。 「葛谷、今日は終わり。もう帰りなさい」 そういうと不貞腐れてムスッとした顔をしながら怠そうに立ち上がった。 「もう終わりかよ。…楽しくない」 「腕の事もあるだろ。早く治したいなら寄り道せずに家で安静にしてな」 「じゃ、せんせーも一緒に俺ん家行こうぜ。それで朝までイチャイチャ仲良く過ごすってのは?」 「馬鹿。ほら出るぞ」 「…じゃー最後。お願い。俺の右ポケットに取って欲しいものがあるんだけど。ほら、右手これだから取れねーの」 東雲は広げていた進路の資料をまとめ待つと、進路指導室の窓を閉めるが、葛谷の言葉に目を向ける。すると机の前から動かずに葛谷は右腕を見せつけるように動かした。 「何、ポケット?」 左手を伸ばしてもポケットの奥まで辿り着かないという意味だろう。流石に骨折している生徒の助けを無視する事は出来ず、警戒ぜすに近づいた。 「ここ」 「…ここ?」 葛谷の目の前で制服のズボンに手を伸ばした時だった。葛谷は空いている左手で東雲の右手を引き寄せたのだ。 「…っ!」 気を抜いていた所為で簡単に葛谷と距離が縮まると、目の前に葛谷の整った顔でいっぱいになる。そして唇にフニッとした柔らかな感触がして、チュッと音を立てて離れた。 目の前の葛谷は見たことないくらい満面の笑みを浮かべていた。 「やっとキス出来た。骨折してて良かったわー。次は足骨折したらもっと優しくしてくれるか?」 「…ぎ、ぎゃー!な、何を、馬鹿…っうわ、どうしよう、え!?俺、捕まる!?」 掴まれた腕を振り払うと、一気に距離を取ったことで机に腰をぶつけ、そんな東雲を葛谷は声高らかに大笑いした。 「あはは!捕まるわけないだろ!せんせーマジで可愛いな」 「おま、もう、本っ当勘弁しろよ…」 「ごめんって。もう何もしねーから。早くポケットから取って」 不意打ちだとはいえショックで固まっていると、葛谷はニヤニヤしながら近付いてきて体を傾けてポケットを東雲に向けた。 ポケットに何かあるのは本当のようで、早くこの場から逃走したい東雲は急いでポケットに手を突っ込んだ。 「…なに、何か、あるけど」 「そのまま取って」 これはなんだ?とあるモノを引っこ抜いて葛谷の前に差し出す。モノを凝視するが、直ぐに頭が理解し、モノを持つ手がプルプルと震えた。 「んじゃ、キスも済ませたし、この壁のうすーい進路相談室で机の上にせんせー乗せて気持ちいい事してーなぁ。進路相談室の前を通るたびに思い出してしまうほど良い思い出にしてやるから。あー、ゴム一個じゃ足りないだろうな」 葛谷はプルプルと震える東雲の右手を左手で掴んで手元に持っていくと、東雲の持っているコンドームに口角を上げたままキスをした。 「っ…!」 東雲は顔を真っ赤にしながらコンドームを投げ捨てると、悲鳴にならない声を上げてこの場から逃げ出したのだった。 漫画のように転びそうになる東雲の後ろ姿に葛谷は崩れ落ちるように笑うと、「はー、腹痛ぇ。…けど、好きなのはマジなんだけどな」と囁いたが、その声は東雲にはまだ届かなさそうだ。 END
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