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 地下鉄に揺られているあいだ、涼介は考えていた。  男性同士の行為は生殖器を使うわけでは無いから準備も、行為自体も異性間のそれとは勝手が違う。  勿論、異性間同士でも軽視していいいものでは無いことはわかっている。だから、受ける側の身体の負担を充分に考える必要があると言うことも。  ──けどこれって、俺が勝手に自分が「する側」の気持ちでいたんだよなぁ。でも、だからって「される側」の想像って出来ない。開さんは……経験があるんだよな? されるのは無理で……「することも出来ない」って言ってた。  そこまで考えて、はたと思った。開は誰にしたんだろう、と。  ──そう言えば宮前さんが「本條は俺が仕込んであるから、安心して本條に任せとけ」とか言ってた……え? まさか宮前さんと……!?  想像が頭に浮かびかけたのを、涼介は頭を小さく振って飛ばす。両隣に乗車客がいたらおかしな青年に思われただろうが、ちょうど車内は空いていた。  ──今考えるべきはそれじゃない。開さんがする側にしても受ける側にしても、怖いって言ったんだ。あんなに身体を強張らせて、辛そうにして。  亮輔を亡くす以前の開になにかがあったことは感じている。けれど開が話さないのなら聞かなくていいと思うのは一貫して変わらない。宮前にも言ったが、涼介にとっては出会って以降から、未来へと続く二人の時間が重要なのだ。  なのに逃げてきてしまった。自分の欲をぶつけるだけぶつけて怖がらせて、開がわからない、なんて言って。  落ち着けば手に取るようにわかるのに──開が涼介を繋ぎ止めようと、恐怖をこらえて行動してくれたのだと。  涼介は座席から立ち上がり、まだ次の駅に到着しない電車のドア前に立った。気持ちが()いて片足を揺する。早く、早くドア開け、と念じた。  いつもの倍感じられた乗車時間が終わり、ドアが開く。長い足を大きく捌き、ホームの反対側の到着電車に夢中で飛び込んだ。  早く、早く、早く……頭の中はマンションを出る前に見た開の顔とそればかり。スマートフォンを確認するのも忘れるくらい、涼介の気持ちは開に向かっている。  車内ではやはり落ち着かずにそわそわと身体を揺すり、目的の駅に着けばまばらにいる利用客を避け、早足で出口へ向かった。  地下鉄出口に繋がる階段を二段飛ばしで上がる。アスファルトの湿った匂いがした。階段を下る人々は傘を持っている。  ──雨。  地上に出ると、汗で濡れた涼介の首に生ぬるい風がまとわりつく。激しくはないが、降り始めらしい粒の大きな雨が空から落ちてきていた。  だが、涼介の足は髪や肩を濡らす雨粒に躊躇せず、開のいる場所へと向かう。  ──早く、早く、早く開さんのところへ。一秒でも早く開さんのところへ。 「ん」  マンションに着き、開の部屋のドアノブに手をかけようとしたとき、ジーンズのポケットに突っ込んでいたスマートフォンが振動した。  反射で手を突っ込み、取り出して画面を確認する。そこにはいくつかの着信履歴。 「──開さんっ!」    応えながら、もう玄関ドアを開けていた。廊下からリビングに続くドアは涼介が出た時のまま開いている。
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