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➀
年々桜の開花が早くなっている。
昨年は三月末に満開になり、今年に至っては、まだ三月中旬を超えたばかりだと言うのに花弁が散り始めた樹もある。
──自然は早いスピードで変化しているのに。
開の自宅マンションのベランダから見える公園の、円形に植樹された桜を見ながら涼介はため息をついた。
振り返って室内を見れば、開がソファでうたた寝をしている。読みかけの本を膝に置き、ラフに着たオックスフォードシャツの衿から伸びた首を傾けていて、白いうなじは無防備に晒されていた。
涼介が足繁くここに通うようになってから約三年になる。うち一年弱は宮前がここに住んでいたから、どちらかと言えば友人達で集まる時のような雰囲気で過ごしていた。
だが、宮前が渡米してからはファミリータイプのマンションの広めのリビングルームに二人きりになった。
初めのうちはなんとなくそわそわして落ち着かなかったのが、次第に二人並んで料理をしたり、ソファで肩を寄せてテレビや雑誌を楽しむようになり、今では二人で空気を共有するのが当たり前になって……。
けれど、心の距離とは違い、身体の距離はそこから先へ進まない。
キスはする──涼介から。それも付き合い初めの学生のような、触れるだけのものを。少しでも唇を割って舌を進めようとすれば、途端に開は身体を強張らせ、顔をずらしてしまう。
その時の文言は決まってこうだ。
「涼くんはまだ未成年だから……」
高校生の頃はそれを理由にして、今は未成年だから、なんて。
──就職もして社会人になったのに、まだ子供扱いなの?
心ではそう反論できるのに、開が白い頬を真っ赤に染めて恥じらいながら言うのを見ると、どうにも胸がきゅんきゅんとして、毎回涼介は平伏してしまうのだ。
けれど、涼介と開の二人きりの部屋。無防備な姿を晒されて平常な気持ちでばかりはいられない。
「開さん、安心してくれてるのは嬉しいけど……ねぇ、俺がこの首にむしゃぶりつきたいの、本当にわからない?」
ベランダから室内に戻り、開の隣に腰を下ろした涼介は呟くように言って、首筋をそっと指でなぞる。
開はんん、と首を竦めてからゆっくりと瞼を開けた。
「……あれ? 僕、寝てた?」
まだ少しだけとろんとした瞳が妙に艶めいて見えて、涼介は両腕を伸ばして開を抱き寄せた。
胸の中に溜め込んでいる気持ちが爆発しそうだ。
「涼くん?」
「開さん、キスしたい」
「え、あっ……」
返事が返る前に早急に口付ける。唇の柔らかさだけを追うのはいつももどかしい。開の味を知りたいのに、口付けを重ねれば重ねるほど開の唇は閉ざされる。
──どうして。
今日も拒絶された舌と気持ちを持て余し、涼介は勢いに任せて開を押し倒した。手首を強く握ってソファに押し付けて、いつの間にか開の身長を追い越して、筋も張った重量のある身体で開を組み敷く。
行き先を失くしていた舌は首筋に這わせた。
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