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➅
二十年と少し過ごした我が家の前に立ち、涼介は頭を下げた。
対面の玄関には両親、姉が揃っている。そして、涼介の横には開がいた。
「本條さんにご迷惑おかけしないようにね」
別れがたい様子で母親が言う。
「何かあったらいつでも帰ってきなさい。……開くんも一緒に」
父親は少しだけ照れたように言った。
いつの間にかすっかり自分を理解し、開を受け入れている両親に涼介は目を潤ませる。感謝と言う気持ちだけでは足りない。
「うわ、涼介泣いてるよ、やばい」
最初から涼介の応援をしていた姉が揶揄って、涼介の顔をスマートフォンのアルバムに収める。
「わ、ちょっとお姉ちゃんやめてよ」
涼介と姉がじゃれ合いみたいにスマートフォンを取り合うのを、両親も開も微笑ましく見た。
だが、八月終わりの日差しはまだまだ強くて、玄関先に出ている五人の肌を熱くする。
「ほら、涼介。そろそろ行きなさい。お昼までに片付けが終われば楽でしょうから」
母親に肩をぽんと叩かれ、涼介は頷いてから開の隣に立ち直した。開も涼介を見て頷き、それから涼介の家族を前に表情を引き締める。
「それでは涼介くんをお預かりします。これからは僕が責任を持って涼介くんを……」
「開さん!」
生真面目な開の"うんちゃらかんちゃら"が始まると察した涼介が制した。
太陽が当たった顔でニカッと笑う。
「開さん、僕が、じゃないよ。俺達二人で責任を負って行くんでしょ」
「あ……」
開は口を半開きに、涼介の父は優しいため息をこぼした。
「そうだな。……開くん、涼介はこんな子だから、年齢とか……性別も……堅苦しく考えずに君たちのペースでやればいい。私達もそうするから」
ため息だけでなく開の肩に乗せられた手も優しい。開は微笑んでそれに頷いたのち、改めて頭を下げる。
「ありがとうございます。じゃあ、涼介くんと……行ってきます」
うん、と家族三人が笑って開と涼介の背を見送った。
***
「ニ週間遅れたけど、誕生日おめでとう。涼くん」
自宅から持ってきた僅かな荷物を新しい家具に収納するだけの引っ越し作業はすぐに終わり、早目の夕食の場として開が誘ったのはゲイバーだった。
バーの利用も初めてなのにまさかのゲイバー。開の選択肢に一番縁遠い場所のような気がするのに、開はマスターと親しげに話し、慣れた場所のようにリラックスしている。
「あの……開さんはここに良く来るんですか? イメージがちょっと違うって言うか……」
開が相手を探しに通うとは思えないが、周囲からの開への視線が煩わしい。できれば早くこの場から連れ去りたいと涼介は思った。
「ううん。僕はごくたまにしか。ここの常連は宮前だったんだ」
「あ、宮前さんが……でも……」
開からマスターに視線を移す。マスターは開が店に入った途端に開に声をかけた。それも「開」と下の名前で呼んで。
涼介が知る限り「開」と呼ぶのは冴子だけだ。宮前でさえ「本條」と呼んでいる。
「僕と開の関係、気になります?」
背こそ高くはないが、鍛えた筋肉と浅黒く日焼けした肌を持つマスターは涼介の目から見てとても大人に見えて、口の端を上げて笑われるとひどく居心地が悪くなる。
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