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 目の端から生理的な涙の粒をこぼした開が涼介の肩を押した。だが、その力は弱々しくて、抵抗と言うよりは反射的なものだった。   「痛い? それとも俺にされるのが怖い?」  涼介は開のものを一度口から外し、聞く。  どうして「駄目?」と聞いてくれないのだろう。本当に駄目とは思っていないけれど、そう聞いてくれたら頷くだけで済むのに、と開は唇を結んだ。 「開さん、教えて」 「……痛くない、怖くない……でも、恥ずかしい……」  真正面から見つめられ、頬を撫でられて聞かれては、誤魔化すことはできない。  涼介はそんな開を見て嬉しそうに笑った。 「さっきは俺が恥ずかしかったからおあいこだね。開さん、手、繋いでてあげる。恥ずかしかったらぎゅってしてね」  涼介が開の左手を絡め繋ぐ。それからまた、口を腹の下へ運び、右の指で開の内壁を探る。 「涼、く、んっ……!」  最初からもう、手に力が入る。でも、そうすると涼介の動きも連動するように強まり、開の身体を悦楽へと導く。言葉に表せないくらい恥ずかしいのに、同じくらいに心が高揚する。  信じられなかった。開にとっての性行為は、今まではなにかの代償行為だった。一番初めは恐怖の毎日がこれ以上悲惨にならないようやり過ごす為の、成長してからは寂しさを埋め、傷を慰める為の──辛さから逃げる為の。  今はそれらとは全く違う。涼介の愛の囁きに呼応するように身体が震え、心にも頭の中にも冷たい雨の染みは無い。ただ、()くて。信じられないくらいにただただ()くて。   「開さん、開さん大丈夫?」 「ん、んんっ……」  喘ぎと返答が混じる。 「開さん、来て。俺を抱きしめて」  涼介に支えられ、腰を浮かす。触れてもいないのに充分に質量を増した涼介の昂ぶりが、開が受け入れてくれるのを待ち焦がれている。 「は……あっ……!」  繋がった瞬間、その場所から脳髄へ熱い陽が差したように感じて、開は身体を仰け反らせた。  涼介がしっかりと支える。押さえつけず、包むように抱えるように。 「開さん、愛してる。愛してる。愛してる……」  身体を揺さぶるあいだ、涼介は吐息の合間に囁き続けた。  開の頬を幾筋もの涙が伝う。生理的なものでは無く、歓喜によって溢れた涙だ。  "愛してる"  これまで誰にも言われなかった、でも開が一番欲しかった言葉。  心臓が鷲掴みにされたように攣縮して、胸も喉も詰まった。   「涼くん、僕も……」 「愛してるよ、開さん。愛してる」 「僕も……涼くんを愛してる」  ほぼ同時に爆ぜる直前、開はようやく声が出て、心からその言葉を伝えた。  ❋❋❋  二年後。  二人は長野の地に来ていた。   一つ目の目的は、開と涼介の養子縁組を冴子に認めて貰うことだ。  とは言え冴子には既に電話で許可を取ってあるし、亮輔の家族にも了承を得ている。どちらかと言えば報告しに来た、と言う方が正しいだすろう。    冴子の待つ家……開の実家に帰ると、冴子が珍しく玄関先に出ていた。庭の手入れをしていたんだと言ったが、手には軍手も嵌めていなければ道具は一つも出していなかった。開は年にニ度ほどは帰っているが、涼介は五年前に短時間顔を見せただけだ。大事な息子(かい)の結婚報告と、その相手の来訪に冴子なりにも緊張していたようだ。
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