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   過去、亮輔と歩いた道をゆっくりと進む。雄大なアルプス、さらさらと水が流れる小川は今でも開の心に活力を注いでくれる。  いつも利用したバス停の小屋は昨年新しくなった。亮輔と並んで座った椅子ももう無い。それでも、開にとってここは大切な思い出の場所だ。  随所随所で亮輔との思い出に気持ちを馳せながら、二十分強歩けば開と宮前のセレクトショップの物流センターに到着した。ショップの本陣とも言えるこのセンター倉庫は亮輔の弟の優汰に管理を任せている。  第三の目的は優汰への入籍報告とショップの現況確認だ。  事務所のドアを開け中に入る。が、先にここに行くと言っていた涼介も、事務所に居るはずの優汰の姿も無い。視線を動かすと作業デスクに開へのメモがあり、倉庫の方にいます、と書いてあった。  事務所の奥にある横開きのドアに手をかける。 「え……」  中を確認して驚いた。  そこには優汰と涼介だけでなく冴子もいて、昨夜挨拶したばかりの涼介の家族までいる。そして、さらには久しぶりに見る顔もあった。 「宮前!?」 「よ、久しぶり」 「え? なんで? ニューヨークか らいつ……て言うか、なに、これ……」  簡単ではあるが倉庫が片付けられ、出来たスペースには白いクロスがかけられたテーブル。その上にはシャンパンとシャンパングラスにオードブル。それに、ウェディングを連想するケーキも用意されている。 「本條、結婚おめでとう」   宮前が背中に隠していた両手を開の前に出す。手の上にはリングケース。  オーバルの形のケースの表面には艶のあるサテン生地が貼られ、中には細いリボンか付いたリングピローが敷いてあり、二つの指輪が結び止められている。 「これ……」 「そ、結婚指輪。勿論俺様のお手製だよ。綺麗だろ? 自信作だ」  スリムな指輪は二つのリングが交差したような細工が施されていた。 「これまで辿ってきた道と、これから辿る道。どっちも本條が自分の足で辿る。その道の中には涼介がいて……俺達もいる。ずっとずっとたくさんの幸せが絡み合いますように」  指輪にウェディングケーキ、シャンパン。そして大切な人達。 「……これって……」 「結婚式に決まってるでしょ、開。ほら、涼介とこっちに来なさい」  なにもかもがまばゆくて、目を細めて突っ立っているだけの開を冴子が手招きして、即席で作られた、けれどやはり白いクロスがかけられた署名台に導かれる。 「ほら、記入しなさい」  署名台の上には養子縁組の書類が準備されていた。横浜で揃えていたものを涼介が持って来ていたのだ。勿論、今日のこのサプライズを皆で計画した上で。  開は相変わらず控えめな性質で、同性婚でもあるから目立ったお披露目会は考えていないけどごめんね、と涼介に伝えていた。  涼介は開の意向に沿うつもりではあったが、開を……自分たちの結婚を心から喜んでくれる人達がいることを開に明示したい気持ちがあった。  そしてそれは、冴子も宮前も涼介の家族も同じだったのだ。 「私達が保証人だからね」  涼介の父と冴子が署名台に対面に立つ。涼介が開の手を取り、頷いた。  開も頷き、ペンを取る。
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