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「やめろ、ふざけんな!」
くっそー。腕が動かない。がっちり固定しやがって。
「いい香りがする。大丈夫、キスだけだから」
「大丈夫じゃねぇ。誰と間違えてんのか知らないけど、俺は男だ、離せよ!」
──ゲイだけどな! けど、ノーマルとラッキースケベとか求めてないから。
ウィルソン氏の唇が鎖骨に当たる。キスだけだと言いつつ、手のひらは俺の腰から臀に落ちて、まさぐるような動きをした。
いくら好みのタイプであっても、もう我慢ならない。俺は比較的膝が自由に動くのを確認し、ウィルソン氏の股間に一撃を食らわそうとした。
が、その時彼の動きがピタリと止まり、俺を抱きしめていた腕が緩んだ。
「……?……」
顔を上げ、様子を伺う。
なんと、ウィルソン氏は寝息を立てて眠っている。
……ったく、なんだってんだ。俺は抱き枕でもないぞ。
ぐったりと重い腕を退け、解放された身体をベッドの上で伸ばした。一日の疲れが一気に押し寄せる。
いつもの通り身体に触れる全ての布を脱ぎ去り、手元にあるリモコンスイッチで部屋の照明を切れば、すぐに眠りに包まれた。
翌朝、テレビを付けっぱなしにしただろうかと、目を閉じたまま眉を歪ませる。
「Oh my gosh……Where am I」
少し古いドラマシリーズで聞く台詞。それが繰り返し聞こえたからだ。
ゆっくりと瞼を開く。
と、瞳の先には困惑した男の顔。
「……ああ、起きたんだ」
ウィルソン氏は腰を抜かしたような尻もち姿勢で床に座って、俺を凝視している。
「気分は大丈夫? あなた、昨日このアパートメントの階段で酔い潰れて倒れていたんだ」
ベッドから降り、水のボトルを渡してやる。だが、彼は再び「Oh my ……!」と言って俺から後ずさった。
「なに?」
……ああ、いつもの癖で全裸のままだった。でも、こっちの人達だって寝るときにパンツだけじゃん。そりゃあさ、下を目の前に晒したのは確かにマナーが悪いけど、ここは俺の部屋なんだから、そんなに驚かなくてもさ。
「待ってて、今服を着るから」
「待ってくれ、いや、服は着てくれ。その……まさか、君の下着を脱がせたのは僕か?」
──は?
「……なわけ……」
無いだろ。俺は全部脱いで寝るのが習慣なだけだ。と言おうとして、笑いがこみ上げる。
「どうしよう、男の子を襲うなんて、どうしよう、どうしたら?」
だなんて、ウィルソン氏が顔に焦りの色を乗せて、一人であたふたしているからだ。
別々に寝ていたし、自分は服を着ているのにおかしな人だな。
でも、ついいたずら心が出てしまう。
「あなた、俺をきつく抱きしめて、キスをしたんだよ。首筋を吸って……尻まで揉んで。覚えてないなんて酷いよ……」
オーバーサイズのニットセーターにレギンスパンツを履きながらウィルソン氏を揶揄った。笑いを噛み殺しているものだから、肩が震えてしまう。
でも、嘘はついてないよな?
「なんだって? 僕はなんてことを! どう償えばいいんだ……! 済まない。僕は君の心にも傷をつけたんだね」
必死〜。ちょろくて面白いな。けど、このあたりにしておかないと。この国ではセクシュアリティなジョークはジョークで済まないこともある。嘘をついたな、なんて逆に訴えられちゃかなわない。
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