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開は真剣な表情の涼介の顔を見て、肩に置かれた手を両手で外し、腿の上で包んだ。
「涼くん……僕達がそうなる場合、どうしたらいいか知ってる?」
「えっ、あ、うん。あの……宮前さんが作ったHowtoで……」
予想より二歩三歩先の開の返答に面食らう。さっきは身体を萎縮させ、顔を曇らせていたのに、実は受け入れてくれる気持ちがあるのか? 涼介には見当がつかない。
「……そう。じゃあ涼くんは……」
開の言葉が一拍詰まり、長いまつ毛が揺れる。
次の瞬間、視線がぶつかった。
「きっとしたいんだよね、僕に」
「……」
文字としてはわかったけれど意味が飲み込めず、涼介は開を見たまま、頭の中で文字を巡回させる。
──開さんとしたい。
──開さんにしたい。
──……したい……。したいよ、もちろん、開さんと。
──あれ? 「と」「に」はどう違うんだっけ……?
ぐるぐるぐるぐる。
「と」「に」の文字が子供の教育番組の「文字であそぼ」の画面みたいに脳内で追いかけっこする。
「えっと……?」
「わからない? じゃあ例えば僕が」
「ふぇ? か、開さん!?」
さっきと形勢逆転。開は気を抜いていた涼介の身体をソファに押し倒し、馬乗りになった。そして、多分初めて、自分から涼介の唇を奪った。
最初から唇を割り、湿った舌で涼介の舌を滑る。
ちゅ、くちゅ、と濡れた音がした。
過去、涼介に彼女がいたのは中学生の頃だ。その頃にもキスはしたが、やはり小鳥の啄みに似た可愛いキスばかりだった。つまりは、涼介にとってもこれが初めての大人のキス。
開と恋人になってからずっとずっとしたかった、本当のキスだ。
頭が痺れるのと、胸が歓喜に震えるのと、下腹めがけて血液が流れていくのが同時に進行する。
涼介はソファにだらけさせていた腕を上げ、開を抱きしめようと……抱きしめて、自分が上側になろうとした。
だが、開は涼介の舌に舌を絡めながら器用に涼介の服を捲り、胸の一点に指を運んだ。
「……!」
きゅ、と指で抓まれた瞬間、背筋がぞわっとして興奮の波が逆引いて行く。
「待って、待って開さん。」
得体のしれない違和感に襲われて、手のひらを開の肩に当てて動きを止めた。
開は馬乗りのままではあるが、すぐに涼介の胸から身体も指も離した。涼介が見上げた先にある開の顔は明らかに憂いを呈している。
「……もうわかる? 涼くん、君は僕にされることは望んでないんだ」
「あ……」
開としたい。開にしたい……開にされる。
言葉遊びみたいな文字列の意味が、ようやくはっきりと意味を持つ。
──俺は、開さんにしたいんだ。
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