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「ああ……やっぱり……」  ウィルソン家から自宅に戻ると、荒らされてはいなかったが、少しでも金になりそうな電化製品や服飾品が綺麗に持ち去られていた。  治安のいいアッパーウエストとは言え、玄関扉を開いたままでは「盗んでくれ」と言っているのと同じだ。さっき顔を合わせた隣人に「引っ越し作業は終わったのかい?」なんて言われたくらいだ。強盗はなに食わぬ顔で部屋に入り、鮮やかに盗品を運んだのだろう。  幸いなのは、使っていたパソコンは通信手段だけのものであり、仕事関連の情報は毎回オフィスのシステムに保存して、こっちには残していなかったことだ。  ただどちらにせよ、押し入った奴らはジュエリーのデザインには一ドルの価値も見出さなかったらしい。デザインクロッキー帳は床に落ちて、表紙には足型が付いていた。  そりゃそうか。デザイナーだと称する人間はニューヨークに掃いて捨てるほどいる。ハイブランドジュエラーと専属契約が取れてニューヨークまで来ているとは言え、現実はそう甘くなく、仕事が少ない俺だ。  そんな俺のデザインなんか、素人が見たら本当にゴミなんだろうな。  クロッキー帳のカバーについた足型を払いながらため息をつく。 「ミヤマエ……」 「ん? ああ、あんた、まだいたんだ」  躊躇い声に振り向くと、自家用車で送ってくれたウィルソン氏が立っていた。ミアも一緒に付いて来ている。 「済まない。僕が君を無理に連れ出したから」 「否定はしないね。あんたが悪い。……でも、まあいいよ。エージェントに伝えるし、自分でなんとかする」  って言ったって、なにも戻って来ないだろうし、俺の拙い英語じゃポリスも動かないだろうけど。  ──ああ、もう日本に帰ろうかな……。 「ミヤマエ、うちで一緒に暮らそう」 「……あぁ? なんでそうなる」 「君は僕たちの命の恩人だ。僕は君に恩を返す必要がある。僕の家は部屋も余っているし、お詫びに生活用品も用意する。君のオフィススペースも作るよ。ね、僕と一緒に帰ろう?」  ウィルソン氏は俺の横に立ち、背に手のひらを置いて撫でた。  ミアは黙って彼のコートを掴んで、俺を見上げている。  ──この人、本当に馬鹿じゃないの? あんなゴミ屋敷に一緒に帰れだって? 自分の家も、この小さな娘一人守れていないのに、他人の世話まで出来るわけがないだろう?  そう思うのに、ウィルソン氏の深い蒼の瞳で慈悲深く見つめられると気持ちが揺れた。  昨夜からのイレギュラー続きと目の前の惨状に気持ちが弱くなっていたんだ。  俺は彼の腕に頭を預け、うん、と頷いていた。    ──とは言え。  とは言え、だ。  ウィルソン氏の自宅の扉を開けた途端に自分の選択を後悔する。  やっぱり家はゴミ屋敷だし、俺が家に付いて来たことに文句は言わないミアだが、だんまりを決め込み俺と目も合わさない。  見境なく抱きついて来る子供も苦手だが、極度の人見知りの子供はもっと苦手だ。 「えっと……ミア、しばらくのあいだよろしく。俺はマフユ・ミヤマエだ。マフユでもミヤマエでも好きに呼んでくれ」  引きつってはいないだろうか。精一杯の笑顔で話しかける。だか、ミアは俺を三秒見つめたのち、ぷいっと前を向いて電話をしているウィルソン氏の元へ駆けて行った。
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