2/3

144人が本棚に入れています
本棚に追加
/72ページ
 なんとも言えない敗北感を感じながら、俺もウィルソン氏の近くへ行く。  俺の代わりに警察と連絡を取ってくれているのだ。また、自身の会社にも連絡し、今日明日は休みを取ったから、失くなったパスポートやビザの手続きを手伝うと申し出てくれた。   「悪いね、ウィルソンさん」 「なぜ? 全て僕の責任だろう」  ──確かに。この人を助けたりしなきゃ、こんなことにはならなかった。 「ニホンジンは親切でお人好しって聞くけど、本当にそうだね。いいかい、ミヤマエ。たとえ死にそうな男が倒れていても、これからは自分の部屋に上げてはいけないし、付いて来いと言われても付いていっちゃいけないよ?」 「あんたに言われちゃ、世話ないな」  俺が言うとウィルソン氏は首をすくめて笑った。  父親が笑ったのが嬉しいのか、ミアがウィルソン氏の足にじゃれつき、ウィルソン氏はミアを抱え上げてソファに座った。 「こうやって休日を取ることもすっかり忘れていた。休んじゃだめだと無意識に思っていたのかもしれない。ありがとう、ミヤマエ」   「いや、そのお礼もおかしいから」 「うん……でも本当に。あまりに突然にジュリアを失って、やらなきゃいけない手続きが多すぎて、彼女をきちんと弔ってもあげられてもいない。ミアのこともそう。必死にやっているつもりで、僕はいつの間にこの家をこんなにしてしまったのだろう。ジュリアに叱られてしまうね」    ウィルソン氏の細めた目に涙が光る。 「彼女を愛してたんだね」  言いながら隣に座ると、彼は俺の顔をまじまじと見て、それから遠くを見るような目をした。 「……ああ、そうだ。僕は彼女をとても愛していたよ」  愛する人を失った悲しみはその本人にしかわからない。本條が八年ものあいだ児嶋の死に囚われていたように、これから彼がジュリアの死に向き合い、受け入れられるまで、果てしない時間が必要になるのかもしれない。 「もし俺になにか手伝えることがあれば言ってよ。こうして知り合ったのも縁だろうし」  それは、半ば慰めと言う名の社交辞令だった。実際赤の他人で、外国籍の二十代の俺に出来ることなんて無いとわかっているから。  だが、彼は俺の予想を裏切った反応をした。 「ありがとう……! 君はやはり僕達の運命の人(One Destiny)だ。ミヤマエ、まずは片付けを手伝ってくれ。それから買い出し。勿論、先に警察と大使館、法務局に行ってからだ」  ……はい?  ワンディスティニー? 片付け? 「本当に助かるよ。ミアも君には懐いたようだし、僕が行き届かないミアのフォローも頼めたらうれしいな!」  おいおいおい。子供の世話まで? 冗談だろ。  しかも、ミアが俺に懐いてるだって? どこをどう見たらそうなるんだ。 「俺はハウスキーパーやナニーじゃ……」 「縁か。ニホンの素敵な言葉だね。初めて会った日も君はそう言っていたね」  ウィルソン氏は俺の言葉を聞かずに感慨深げに言うが、俺は眉をひそめた。 「それ、いつのこと? あんたとちゃんと会ったのって、昨夜って言うか今朝だろう?」  俺の方はパーティーの壇上で紹介を受けていたウィルソン氏を知っているが、あの日は互いの名刺交換はおろか、目も合っていないはずだ。
/72ページ

最初のコメントを投稿しよう!

144人が本棚に入れています
本棚に追加