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なんとも言えない敗北感を感じながら、俺もウィルソン氏の近くへ行く。
俺の代わりに警察と連絡を取ってくれているのだ。また、自身の会社にも連絡し、今日明日は休みを取ったから、失くなったパスポートやビザの手続きを手伝うと申し出てくれた。
「悪いね、ウィルソンさん」
「なぜ? 全て僕の責任だろう」
──確かに。この人を助けたりしなきゃ、こんなことにはならなかった。
「ニホンジンは親切でお人好しって聞くけど、本当にそうだね。いいかい、ミヤマエ。たとえ死にそうな男が倒れていても、これからは自分の部屋に上げてはいけないし、付いて来いと言われても付いていっちゃいけないよ?」
「あんたに言われちゃ、世話ないな」
俺が言うとウィルソン氏は首をすくめて笑った。
父親が笑ったのが嬉しいのか、ミアがウィルソン氏の足にじゃれつき、ウィルソン氏はミアを抱え上げてソファに座った。
「こうやって休日を取ることもすっかり忘れていた。休んじゃだめだと無意識に思っていたのかもしれない。ありがとう、ミヤマエ」
「いや、そのお礼もおかしいから」
「うん……でも本当に。あまりに突然にジュリアを失って、やらなきゃいけない手続きが多すぎて、彼女をきちんと弔ってもあげられてもいない。ミアのこともそう。必死にやっているつもりで、僕はいつの間にこの家をこんなにしてしまったのだろう。ジュリアに叱られてしまうね」
ウィルソン氏の細めた目に涙が光る。
「彼女を愛してたんだね」
言いながら隣に座ると、彼は俺の顔をまじまじと見て、それから遠くを見るような目をした。
「……ああ、そうだ。僕は彼女をとても愛していたよ」
愛する人を失った悲しみはその本人にしかわからない。本條が八年ものあいだ児嶋の死に囚われていたように、これから彼がジュリアの死に向き合い、受け入れられるまで、果てしない時間が必要になるのかもしれない。
「もし俺になにか手伝えることがあれば言ってよ。こうして知り合ったのも縁だろうし」
それは、半ば慰めと言う名の社交辞令だった。実際赤の他人で、外国籍の二十代の俺に出来ることなんて無いとわかっているから。
だが、彼は俺の予想を裏切った反応をした。
「ありがとう……! 君はやはり僕達の運命の人だ。ミヤマエ、まずは片付けを手伝ってくれ。それから買い出し。勿論、先に警察と大使館、法務局に行ってからだ」
……はい?
ワンディスティニー? 片付け?
「本当に助かるよ。ミアも君には懐いたようだし、僕が行き届かないミアのフォローも頼めたらうれしいな!」
おいおいおい。子供の世話まで? 冗談だろ。
しかも、ミアが俺に懐いてるだって? どこをどう見たらそうなるんだ。
「俺はハウスキーパーやナニーじゃ……」
「縁か。ニホンの素敵な言葉だね。初めて会った日も君はそう言っていたね」
ウィルソン氏は俺の言葉を聞かずに感慨深げに言うが、俺は眉をひそめた。
「それ、いつのこと? あんたとちゃんと会ったのって、昨夜って言うか今朝だろう?」
俺の方はパーティーの壇上で紹介を受けていたウィルソン氏を知っているが、あの日は互いの名刺交換はおろか、目も合っていないはずだ。
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