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「あのね、マミィがね、いつも言ってたよ。"うちには子供が二人いるわね"って」
「同感だ。あ、ミア、こぼれるぞ」
口の端からつい、と流れたオレンジの果汁を拭き取ってやる。ミアは一瞬身体を強張らせたが、俺を避けたりしなかった。
ジェイが言う「懐いてる」にはほど遠いと思うけど、ミアは俺を拒否しない。ウィルソン家に世話になる時も、結局は反論しなかったし。
「なぁ、ミア。俺を許せるのにナニーやハウスキーパーが家に来るのはどうして駄目なんだ?」
ジュリアの生前は、ジュリアが相貌失認な為に他人が家庭内に入ることを好まなかったとは聞いている。それもミアの人見知りの一因ではあるだろうけど、ずっと不思議だった。
「マミィじゃないのにマミィみたいにするから」
「うん?」
「マミィはマミィだけ。違う人がマミィなのは嫌なの」
「うぅん?」
四歳児の哲学は難解だ。全然わからない。
「ヒューは男の子だから。ママにはならないでしょ?」
……あ! そうか。ハウスキーパーやナニーは女性が主だから、ジュリアの居場所を奪われるような気がするってことか。
確かに、俺ならマミィにはならないから安全牌だ。
「それとね、マミィとミアからダディを取らないでしょ?」
「んん? どういうこと?」
「おうちに来た人、ダディにお話したりする時、ミアよりダディを触ったりするから嫌だったの」
「それって……」
いわゆる、色仕掛け、ってこと……? そりゃあ今をときめく新進起業家のイケメンが妻を亡くして弱ってたら、ハイエナが狙ってもおかしくはないけど……それを察知するとは四歳児、侮れないな。
「確かにね、俺なら心配ないもんな」
──ゲイだけど。
ノーマルには手を出さない主義ですから。
ミアはうんうん、と頷いてスープを全て飲み干した。
「だからヒューはいいよ」
「あ、そう。それはどーもね」
てめぇは範疇外だ、みたいに取れなくもないけど、ここで世話になるあいだはミアとも上手くやれた方がいい。そんな理由でも充分だ。
ミアがたいらげた朝食の皿を下げようと腰を上げる。すると、ミアが再び口を開いた。
「あとね……ヒューのごはん、好きだよ」
──うっわ。
不意打ち。切り返しが出来ない。
まだ笑ってはくれないけど、ジェイと同じ深い蒼の瞳で俺をじぃっと見つめてくるミアがとても可愛らしくて、口の両端が上がってしまうのを隠せなかった。
「じゃあ行ってくるよ。ミア、いい子にしてるんだよ。ヒュー、ミアを頼むね……いつもありがとう。本当に助かってる」
「はいはい」
ここで暮らし初めてから毎朝同じやりとりをする。俺がオフィスに行くのは月に二度か三度だけでいいから、ジェイが仕事に出ているあいだは俺が在宅ワークをしながらミアと一緒に過ごしているのだ。
「あ……ジェイ、タイが」
曲っているのを整えてやる。イケメンが洒落たスーツを着ていてもどこか残念なんだから。
「ありがとう」
言葉と共に顔の前に影が差す。唇に、柔らかい感触が触れる。
「!?」
「あ!」
互いに頭を引いたが顔はまだ真正面にあった。ジェイの顔がみるみる「やってしまった」の焦りの色になる。
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