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「……ごめん。もう少しここにいていい?」
「ん? これ、そんなに気に入った
かい? いいよ。しばらくこうしててあげる。ミア、作戦変更。次はヒューの甘やかし大作戦開始だ!」
「ええー。ミアも甘えたーい」
「え? いや、そうじゃなくて」
この家に居させてほしいってことなんだけど、と言う間もなく、ミアが背中から降りて俺の隣に滑り込む。
ジェイの胸板を俺とミアではんぶんこ。それでミアは満足を得たのか、俺の頭を撫で始めた。
「ヒュー、いい子、いい子よ」
小さな手でも、優しい手つきを知っている。
「そうだ、ヒューもミアもいい子だ」
ジェイは俺達二人を腕で包む。手のひらで、時々俺達の腕を撫でたりして……ジェイって、生活能力ポンコツのくせに包容力があるの、なんかズルいよな。
悔しいくらいにあったかい。心地いい。
父親に抱きしめられることに無意識に憧れていた自分に気づいて、また涙が出そうになった。
***
居候生活のまま迎えた春。今年五歳になるミアは九月からキンダーガーデン生になる為、プリ・キンダーガーデンに再入園した。
ジュリアが亡くなってから、一時期人見知りと怖がりが悪化して家にこもっていたミアだが、随分落ち着いて来たんだとジェイが言っていた。
俺も俺で。
同じく九月から始まる「新進アーティスト競演」と称する、若手デザイナー数人が手がける商品を本店で扱う企画に選ばれたことで、仕事への意欲が高まっていた。
昼間は週の半分、ミアがいないあいだにオフィスに出て、夜はやはりデザインに没頭した。
ジェイから「デート」のお誘いがあったのはそんなある日のことだ。
「デートって……」
「うん。行くのがデートコースだからね」
そう言って、バッテリーパークからスタチュークルーズのフェリーに乗ってリバティアイランドへ。自由の女神像がある場所だ。
ニューヨークに来たばかりの頃、外から像やマンハッタンの景観を楽しんだことはある。だがジェイは、台座に登り、さらには女神の王冠まで登るクラウンリザーブチケットを持っていた。
暗くて狭い螺旋階段を延々と登る。俺は高所恐怖症じゃないけど、高さを想像すると少しだけ足元がすーすーした。でも、後ろからジェイが声をかけてくれるんだ。
「大丈夫だよ、ヒュー。僕か後ろにいるからね」
「もう少しで王冠に着くからね。頑張って」
って、まるでミアに言うみたいに。
俺はもう二十八を過ぎたいい大人なんたけど、俺を心配してくれるのは本條だけだったから、そう言うの、慣れなくて、でも嬉しくて。逆に反応に困ってしまう。
登りきった先は正直景観は良くはなく、窓から見える女神の松明を持つ右手も、左手の独立宣言書も「へえ」って言うくらいのものだった。
それでも、ジェイと一緒に上まで登り、同じ景色を見れたことが嬉しくて、思い出を形に残すのが苦手な俺が、ジェイと二人で並んで写真を撮ってもらった。
「ここにはね、年に一度訪れていたんだ」
ジェイが帰りのフェリーで言った。
「もしかして、ジュリアと……?」
すぐにうん、と頷かれて胸が切なくなる。ジュリアの死を悼む気持ちもあるし、厚かましいとわかっていても、少しだけ寂しい気持ち……だって、おかしいと思ったんだ。クラウンリザーブチケットは三ヶ月前からでも争奪戦なのだ。突然に行ける場所じゃない。
ジェイはジュリアと行くつもりで以前からチケットを用意していて、ジュリアが行けなくなったから俺を誘ったのだ。
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