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「俺じゃなくて別の人を誘えばよかったのに」
卑屈だ。
こう言うの、俺はもともとハズレくじの人間だから思わなかったのに、優しさを施してもらうのに慣れて傲慢になっているのかも。
ごめん、今の言葉悪かった。ただ勿体無くて、と言おうと隣のジェイを見上げる。
ジェイは嫌な顔はしていなくて、優しい目で俺を見ていた。
「ヒューは最近、眉間に皺が寄っているのに自分で気がついてるかい?」
「は?」
突然、なに?
今、皺を寄せてしまい、ジェイは人差し指で俺の眉間をひと撫でした。
一瞬のことなのに、思わぬ暖かさを感じてうなじあたりがこそばゆくなる。
「デザインの仕事、頑張ってるんだよね。でもさ、もう少し力を抜いてごらんよ。ヒューの作品はヒューの人柄と同じで、優しい光を放っていてとても素敵だ。でも眉間に皺を寄せながら考えると、作品も光を失ってしまう」
──わかったようなこと、言って。俺の作品なんて、一・二点、部屋に置いてある安いサンプルを見ただけじゃん……と思いつつ、確かにここ最近はデザインがのらなくて焦っていた。今回の企画で一定の評価が得られなければ、今のジュエラーから契約を切られる可能性があるからだ。
この世界はそう言うところだ。
「……じゃあ、俺の気分転換のために連れて来てくれたってこと? 気を遣わせてごめん」
俺が言うと、ジェイは優しいため息をついて小さく頭を振った。
「リフレッシュして欲しかったのはそうだけど、ここへは大事な人と来たいからヒューを誘ったんだよ」
「え……?」
「僕とジュリアはね、幼馴染なんだ。僕たちはコロラドの端の小さな町で育って……二人、同じように実の両親からは愛されなかった。子供を自分たちの生活費のあてに使うような親だったよ」
"大事な人と来たいから"の意味を知りたかったが、ジェイの意外な生い立ちの告白に驚いて、口を挟まずにジェイの言葉の続きを待った。
「僕たちはいつも一緒だった。出来が悪い僕をジュリアが助けてくれて、彼女が苦手なことは僕の特技で助けてあげられた。それでね、僕たちは高校卒業を機に親から、そして家から飛び出したんだ。誓っていたんだよ。自分たちの未来は自分たちで切り拓くって」
"いつかここから、自分の力で出ていってやる"
幼かった俺が繰り返し心で誓っていた言葉と同じ。親や学校で虐げられながら、客に抱かれながら、いつもその言葉で自分を奮い立たせていた──俺はジェイとは違い、ひとりきりだったけれど。
「それで、二人で貯めたお金でニューヨークに来た。勿論大変だったよ。食べられない日も多かった。でも、僕たちは自由を手に入れて独立したんだ。だから二人、がむしゃらに努力できた。起業が成功したら、自由の女神に報告に行こうねって約束をしてね」
「それで年に一度……?」
「うん。今日はね、会社の設立日。僕とジュリアの本当の独立記念日なんだ。他の会社は創立パーティーを開いたりするけど、うちは完全休業日にして社員に臨時ボーナスを出すんだよ。これもジュリアと決めたことなんだ。皆にも愛する人と楽しく過ごす日にして欲しくてね」
また、胸が軋む。
ジュリアとの思い出と愛情がたくさん詰まったサクセスストーリー。それらがきっと、今のジェイの支えになっている。その中には勿論ミアの存在もあって……俺だけが欠片の存在もない寂しさ。
馬鹿だな。当たり前なのに。
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