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「だから今日はヒューと来たんだよ」
「え……」
己の厚かましさを誤魔化すために景色に目を向けると、頭にジェイの手が触れた。
「君は僕とミアの命の恩人だ。君が僕を助けてくれなければ、あの冬の日に僕は死んでいた」
「……大げさだよ……」
「ううん。このニューヨークでは奇跡みたいな出来事だ。そのうえ、僕の家に来てくれて、僕とミアのフォローをしてくれる」
「元はと言えばジェイが蒔いた種だけどね」
たくましい胸板を小突く。でも、ジェイは嬉しそうに「あはは」と声を出して笑った。
「ねぇ、ヒュー。君は"縁"だと言ってくれたね。それは僕達には"運命"と訳せると思うんだ……ジュリアの死後、君に出会うまでにも僕らに手を差し伸べてくれた人はたくさんいた。でも、僕もミアも心を閉ざしてそれを受け入れなかった。なのに君は、たったの数時間で僕らを変えたんだ。凄いことだよ。これが運命じゃないわけがない。君との出会いは運命だ」
──なに言ってんだよ。馬鹿げてる。
日本にいたらそう笑い飛ばすのに、この「Something Everyone」の街で、この男に言われると本当にそんな気がしてくる。
「君は真夜中の月のように、静かに穏やかに僕たちのそばにいてくれる。だから人見知りのミアも自然に君に心を開き、外の世界へ戻れたんじゃないかな。僕も、投げ出したかった会社をなんとかやれてる。帰れば君が待っていてくれるからね。そして君が僕達を助けてくれることで、人に頼ることや休みを取ることを思い出せた……生き方も。ありがとう、ヒュー。君は僕たちの大事な人だ。僕達といてくれてありがとう」
まっすぐな視線を注がれて、ダイレクトに気持ちを浴びせられる。
──なんだよ、その歯の浮くようなセリフ。本條と張り合えるよ。
でも、胸が、きりきりする。
悲しいんじゃない。辛いんじゃない。でも、きりきり、きりきりする。
俺はずっと、誰かに必要とされたかった。ううん。必要じゃなくてもいい。ここにいてもいいんだよ、とただ言われたかった。
「あんたなんか生まなきゃ良かった」
「あんたさえいなければ」
「お前なんか男娼以外に使い道はないんだよ」
「宮前っていらないよな。仲間はずれにしようよ」
俺の存在を消したがる多数の言葉。学生の頃、気配を隠すように生活していたのはゲイだからってだけじゃない。誰かに「いらない人間」と言われないように、存在さえ無い人間でいた方がましだったからだ。
でも、本條に出会えた。本條は俺の光であり、あいつも俺を「真冬の月の光のようだね」と言ってくれた──でも、あいつにはもう、暗闇を照らす光は必要じゃない。
闇夜は開け、燦々と降り注ぐ真昼の光を見つけた本條を喜ばしく思う。でもどこかぽっかりと穴が空いて。
だから、そんなふうにまっすぐに、欲しかった言葉を言われたら胸が張り裂けそうだ。
「ヒュー? 泣いてるのかい?」
「……」
答えられずにうつむく。
「おいで」
ジェイの腕が肩に回る。
腕に包み、胸で顔を隠してくれる。
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