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 ジェイの顔に手を突っぱねようとするより早く、ミアに反対の頬を奪われた。ついには右からも左からも唇が襲ってきて、まるで、キスの嵐だ。 「あはは、ヒュー、お顔真っ赤よ!」 「うるさい! 俺で遊ぶな、二人とも!」  真っ赤なのは二人に揉みくちゃにされたせいだ。胸にどくどくと血流が走るのも、きっとそのせいだ──いくらそう自分に言い聞かせみても、気持ちが境界線を超えたことを俺は自覚している。  駄目だよ……ジェイはノンケだ。ノンケなんか、好きになるもんじゃないんだよ。  また、自分に言い聞かせた。 ***  本店でのディスプレイ確認に立ち会ったデザイナーは四人。その中の一人は同じ時期にニューヨークに来たイタリア系の男、レオナルド・モリアーニだ。とにかく気さくで明るく、距離が近い。 「……って言うか、レオナルドさん、俺を誘ってる?」 「レオでいいよ、ミヤマエ。だって君、でしょ? ねぇ、君ってティーンエイジャーみたいに若く見えるのに、凄く色気があるね。ニホンジンはみんなそうなのか?」  試してみたいよ、と言う心の声がわかるくらいのあからさまさで尻に触れてくる。けれど陽気で悪びれない笑顔はなかなかにチャーミングだ。彼なら後腐れなく割り切りで楽しめるだろう。  もとより今日は遅くなるとジェイに伝えていて、ミアの迎えも、夕食を冷蔵庫から出して温めるのも頼んである。 「いいよ。どこに連れてってくれる?」  長く続いた健全な生活を変えてみればジェイへの思慕を薄められるかも。そんな浅はかな気持ちで頷いた。  レオは俺の肩を抱いて「早めの夕食から始めよう。オイスターバーはどう?」と頬にキスをした。    ニューヨークで牡蠣と言えばここ、と言われるレストランで乾杯をする。ジェイの家に移ってから八ヶ月になるが、ジェイの禁酒の誓いに合わせてやめていたアルコールが喉を潤し、気分を高揚させる。  レオは遊んでいそうな見た目に反して紳士的で、オイスターバーでの会話もジュエリーに関する話が八割だった。同じブランドのデザイナー同士で会話をする機会などなかったから刺激的だ。気づくと二時間近くも時間が経っている。 「ごめん、メッセージを送ってもいい?」  スマートフォンを片手に上げる。  ジェイが仕事を終え、ミアを迎えに向かう頃だ。ミアが持ち帰ったホームワークの確認と明日の準備を伝えておきたい。    「俺とデート中に他の男に?」  レオが片側の口角を上げて揶揄う。 「まさか、ダディにだよ」  俺が言うと、いかにもジョークだと思ったらしく、レオは大げさに肩をすくめて「お父様に僕から挨拶しなきゃ」と笑った。  次に向かったのはヘルズキッチン地区。  ニューヨークはLGBT先進国と言われるアメリカの中でも特にLGBTフレンドリーなエリアで、約五十万人のLGBTに属する人間が(つど)っていると言われているが、ここヘルズキッチン地区は接客のクオリティが高いゲイバーがあることで有名だ。  ──最っ高。  久しぶりの夜外出にアルコール、そして同じセクシュアリティの仲間たち。開放的な空間にハイになる。俺は早いペースでグラスを変えた。  このあとはバーを出てすぐのホテルに行くんだろうな。夜通し体を重ねてめちゃくちゃに感じて。ほんと、最高じゃん………そう思うのに、何度もスマートフォンを確認してしまう。
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