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 今、七時半か。ジェイ、ちゃんとミアの歯の仕上げ磨きをしてくれたかな。  八時半。ミアが眠くなる頃だ。ジェイ、明日の持ち物、もう一度見てよ?  ジェイ……ミアが眠ったらいつも俺にジンジャーシロップ入りのミルクを出してくれる。俺は子供じゃないよと言ったら「だからジンジャーが入ってるでしょ?」と笑って。  それから「今日もミアと僕のそばにいてくれてありがとう。今日一日の感謝をヒューに」って、深い蒼の瞳で俺をまっすぐに見て言うんだ。 「……悪い、俺、帰る」  頭の中がミアとジェイの顔で埋め尽くされて、たまらなく会いたくなる。 「ええ? 待てよ、ミヤマエ。お楽しみはこれからだろ?」   「ごめん、また埋め合わせするから……」  回転椅子から立ち上がろうとした瞬間、足に力が入らず目の前が回った。テーブルにつかまり、なんとか体を支える。 「おい、ミヤマエ、大丈夫か?」  カウンター席の隣に座っていたレオが俺を抱きかかえた。  気分が悪い。胃がムカムカする。最近、仕事が大詰めで夜ふかしをしていたのに、早起きもして家事をしているから、久しぶりのアルコールが回りすぎるのだろうか。  俺は元は夜ふかしの昼起床派なんだ。なのに慣れないことばっかりするから……でも、やりたかったんだ。これまでの自分を変えるのが苦じゃないくらい、今の生活が幸せだったから……。 「うっ………」 「わ、待てよミヤマエ、待ってくれ、おい……!」  レオの声が遠くなる。胃がひっくり返って喉が焼けたような感覚を覚えたあと、目の前も暗くなった。それからは覚えていない。 「……ん……」  喉がからから。水、飲みたい。 「ヒュー、体を起こせるかい?」  心地いい低音が聞こえて、閉じていた自覚の無い瞼を開ける。  すぐ前にガラスのローテーブル。その向こうには床から天井までの馬鹿でかい窓。夜のミッドタウンの夜景がパノラマに広がっている。  ──(うち)だ……。  現状がつかめず目線をうろうろすれば、ソファに寝そべり、頭を暖かい膝の上に預けている自分に気づき、急いで顔を上方に向けた。 「……ジェイ?」  俺、なんで……レオとバーにいたのに、いつの間にここに? しかもなぜジェイに膝枕をされているんだ。  勢いをつけて上半身を起こす。が、鋭い痛みが側頭部に走り、めまいが起きた。身体が勝手にソファに沈み、再びジェイの膝を枕にしてしまう。 「ヒュー、僕に任せて」  そう言うと、ジェイは俺を横向きのまま起こして座らせ、二本の脚を並べて自分の太腿を跨がせた。  反対の手は俺の背を支え、もう反対の手はグラスを持ち、唇に当ててくれる。  俺は促さるるままに素直に口に水を含んだ。潤いが広がり、頭が少しずつクリアになる。 「俺、どうしたの?」 「バーで酒に悪酔いして潰れたんだよ。一緒に居た君の同僚が、君が最後にメッセージを送った僕に連絡をくれたんだ」  悪酔い……。俺、あそこで気分が悪くなって、それで……。 「……! ごめん、俺、吐いてる!? ジェイ、汚いから俺を離して!」  ようやっと自分の服に吐物の跡がついているのに気づいた。 「大丈夫だよ。君を担いで帰ってきたんだし、今更離してあげないよ。たっぷりお説教しなきゃ」  言いながらもジェイは全然怒ってなくて、ミアを抱えるみたいに俺を大事そうに横抱きしたままだ。
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