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「迎えに、来てくれたの? ……ミアは?」 「ミアはベッドに入る寸前だったんだ。電話でヒューが大変だって知ったら"ダディ、お迎え行こう"って、自分でお着替えをして、一緒に行ったんだよ」  甘えん坊のミアが、俺のために自分で……。 「ごめん。迷惑かけて」 「いや、いつも迷惑をかけているのは僕たちの方さ。こうなって初めて君の自由な時間を奪っていたんだと反省してるよ。久しぶりに外出して羽目を外すなんて、僕たち男には良くあることだろ?」  ジェイが口角を上げて笑う。僕も死にかけたしね、とウィンクを付け足した。それから、俺の手をきゅ、と握った。 「でもね、ヒュー。気をつけないと。ゲイバーに興味があったんだろうけど、君みたいな純粋な子が酔いつぶれたらストレートでも連れ去られてしまうよ。ストレートに悪い奴がいるように、どの層にだって悪い奴はいるんだから。同僚の彼がマナーのある人で良かったよ。置いてきぼりにされなくて良かった」  純粋な子? ストレート?  慈しみ深い瞳と手。なにも知らない子供に言うような優しい声で、ジェイは誰の話をしてるんだ?  ──そうだ。ジェイは「俺」のこと、なにも知らないんじゃん……。  名前と、仕事。ビザやパスポートにある情報だけで、俺の内面はなにも知らないから。   八ヶ月もここにいて、なぜ今なんだろう。今、突然に、ジェイは俺の虚像を見て来たことに気づき、胸がざわめいた。 「違う……ジェイ、違うんだ」  ジェイの手を解き、少しのスペースを開けてソファに座り直す。  俺、なに言おうとしてんの? 馬鹿だな。黙ってりゃいいんだよ。過去とか性的嗜好とか、わざわざ伝えることじゃない。  ジェイは偏見を持つような人じゃないけれど、聞かされて今までと全く同じように接してくれるとは限らないだろ?   どうせいつかはこの家から出ていくんだ。だからここにいるあいだは、純粋で善良な人間だと思われていればいいんだよ。  そう思うのに胸のざわめきは落ち着かず、本当の姿を吐き出す方が楽になれるような錯覚を起こす。いや、違う。  本当の俺を知って、受け入れて欲しいと願っている。 「ジェイ、俺はジェイが思ってるような人間じゃない」   「? ヒュー、どうした? 僕が思うようなってなに? 君は君だろう?」  本当にそうなら良かった。ジェイが見ている俺が本当の俺なら良かったのに。  でも違うから。俺、凄く汚れてるんだ。ウリもしたし、遊びで一夜限りの関係を持ったこともある。  あんたに近づかれると、触れられると、不純な気持ちが湧いてくる。  家族でいさせてと願い、それで十分だったはずなのに、今この瞬間もジェイに色欲を持っている。  ……でも、ジェイ、お願いだ。俺が今から言うことを受け止めて。  愛してくれなくてもいい。でも、本当の俺を受け止めて……! 「ジェイ、俺、ゲイなんだ」 「……え?」 「それだけじゃない。生きるために、幼い頃からたくさんの男と寝た。今日はあの男とホテルに行くつもりだった……俺はジェイが思ってるようなお綺麗な人間じゃないんだ」  ジェイ、お願いだ。  そんな俺でも「大丈夫だよ!」といつものように言ってくれ。  唇を結び、ジェイの顔を見つめる。  ジェイはなにか言葉を出そうと口を開いた。でも、なにも出なくて、俺に向けていた困惑の視線をそらし、床に落とした。
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