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➅
カミングアウトから三週間後の今朝、スーツケースに荷物を入れてウィルソン家を出た。
さよならは言わず「お世話になりました。出ていきます」のメモ一枚をダイニングテーブルに置いて────
あの夜から、ジェイは表向きの様子は変わらなかったが、やはり俺へのスキンシップはなくなったし、下手くそながらも家事に積極的になった。
ミアには「ヒューは仕事が忙しくなるから、自分のことはなるべく自分で頑張ろうね」と、日常生活の自立を促し始めて。
そうすると、俺がこの家にいる必要が無くなっていくような気持ちになっていく。
だから、聞いた。
「俺、出ていった方がいい?」
互いに仕事に出る前のわずかな時間だった。
帰宅してから時間を取って話そうって言ってほしかったのかもしれない。
でも、ジェイはすぐに言った。
「……ヒューがそうしたいなら」
それだけ言って、ミアの手を引いて行ってしまった。
ジェイ、もうあんたの気持ちは聞かせてくれないんだね。俺に「運命の人だ」「ずっとここにいればいい」なんて言ってたくせに。
──馬鹿か、俺。今までみんなそうだったじゃないか。父親も、母親さえも。
俺の存在価値なんて、いつもそんなもん。
「で、ミヤマエ。なんで、君が俺の部屋に?」
「広いから。レオってリッチマンなんだな」
「そりゃ地元では売れっ子だからな。……って、そうじゃなくて」
関西系のテレビで見るような身振り手振りでレオがツッコミを入れた。
「あのね、ミヤマエ。俺はゲイ。君もゲイ。しかも君は俺をフッたんだぜ?」
「フッてないし。て言うか始まってもないし」
「なら始める? 始めるなら泊めてやってもいいぜ」
レオが俺の肩を抱き、顎を指で上げる。顔がすぐそこまで来ている。
「……それはナシ。なぁ、部屋がみつかるまででいいから居させてよ」
頬にお願いのキスをする。
「……子供だましだな」
言いつつも、レオはソファへの着座を許してくれた。
改めて、ワンナイトを駄目にしたことについて詫びる。
「あれは無いよな。俺、久しぶりに本気の相手に出会えたかと期待してたのに」
「嘘ばっか。そんな顔してなかったよ」
「どんな顔だよ。でもさ、ミヤマエ。驚いたよ。君の履歴から連絡して、迎えにやって来たのはあのミスターウィルソン! 彼、君を迎えに来た時凄い剣幕だったんだそ。君に無理に飲ませたのか、とか、手を出していないだろうな、なんて言って、まるで俺を恋敵みたいに!」
レオがニヤついた顔で言う。面白い色恋話でも期待しているんだろう。
「ジェイは俺を自分の娘と同じ並びで見てるだけだよ。息子に付く悪い虫を追い払う気分だったんだろ」
「そうかなぁ? 俺、ミヤマエを外に連れ出してやってたんだけどさ、あのままバーにいて大勢に見られていたら、きっとスクープになってたぜ。今をときめく新進企業のCOOのジェイデン・ウィルソン……あ、今はCEOか……には男の恋人がいます、ってさ」
自分に無関係ならレオと一緒に笑っただろうと思う。そうか、ウィルソン氏はこっち側の人間か、なんて。
でも、違う。ジェイはストレートだし、妻を亡くしたばかりなのに浮わついた話が、それも俺相手で噂になったらマイナスにしかならない。
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