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去年の寒い寒い日、俺は元いたアパートメントの階段で、酒に酔って倒れているジェイを見つけたのだ。
あれから一年か……。
懐かしさからか、誘われるようにレオの家を出た。
足が勝手にあの場所へ向かう。
今夜はマイナス十度。今年は去年よりは暖かい冬らしいが、寒いのに変わりはない。吐く息さえ凍りそう。
なのに俺、なにやってんの。こんなところに来たって仕方ない。すぐにでもジェイの家に行けばいいじゃないか。……いや、もう十時過ぎ。ミアが眠っている時間だ。騒がしくしたくない。
「……!」
アパートメントの階段近くまで来て足が止まる。
階段に、人が座っている。
街灯に照らされて浮かぶシルエットは、あれは……。
「ジェイ……」
幻かと思った。
あの日と同じコートを着て、でも倒れ込んでもいないしウィスキーも持ってはいない。ただ階段に座り、俺が住んでいた部屋の窓を見上げている。
ゆっくりと近づく。アスファルトを埋め尽くす雪が、足の下でぎゅむ、と音を立てた。
ジェイが顔を真正面に戻す。
「……ヒュー……」
俺達は、互いの姿を認めているのにしばらくそこから動けないでいた。だけど動かない身体とは逆に、俺の心臓は大忙しでバクバクと動き出して、たまらずにその場にしゃがみこむ。
「ヒュー!?」
ザクザクと雪を踏みしめてジェイが駆け寄った。すぐに俺を包み込むように腕を回し、顔を寄せる。
「どうした? 体調が悪い?」
「んで……」
「ん?」
熱くなった口から出る息が喉を詰まらせて上手く話せない。
「なんで、いるん、だよ」
それに、泣きそう。いや、もう涙が出てる。けど、すぐに凍って気持ちわりぃ。
ジェイは手袋を取って涙の粒に触れてくれた。
「君に会いたかったんだ。でも、どうしていいかわからなくて、君と出会ったこの場所に来たんだ」
「馬鹿……こんなとこに来たって会える保証ないじゃん」
俺も同じことをしているのに、素直になれない。……違う。俺、久しぶりのジェイの体温に甘えてるんだ。駄々をこねるみたいに感情をぶつけたい。
俺はジェイのコートの襟下をぎゅ、と握った。ジェイがそこに手を重ねてくれる。
「でも……会えた。打つ手無しで困っていたんだよ? まさかオフィスに乗り込むわけにはいかないし、君の居場所もわからない。君の彼のところにいるのかもと思ったけど、彼のアドレスを知る手段もないし、知れたとして君の彼の部屋に行くのはもっと不躾だからね」
……君の「彼」?
「彼って、まさかレオのことを言ってる? 違うよ、ジェイ、彼は彼じゃない」
焦りで変な言い方になってしまう。
「どういうこと? もう別れたってことかい?」
「違う、付き合ってもいない。レオとは確かにホテルに行こうとしたけどなにも無かった。そう言ったじゃない!」
「言ってないよ! ヒュー、君、僕が"彼とそう言う関係なのか"と聞いたら
イエスと言ったじゃないか」
「!? だからそれは、俺がゲイで、レオと一夜を楽しもうと思ったのか、って確認したんじゃないの? それでジェイは"わかった、気をつける"って……俺がゲイでワンナイトが平気な人間だとわかったから……だから俺を避け出したんだろ!?」
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