144人が本棚に入れています
本棚に追加
/72ページ
➇
ウィルソン家に到着すると、エントランス以外の電気は消えていた。
「ミアはいないの? まさか一人にしてないよね?」
「心配しないで。ミアは今日から二日間、お友達の家に遊びに行ってるんだ」
「……そうなんだ。楽しくやってるんだね」
人見知りで怖がりのミア。
学校に慣れる時期の前に、俺はミアにもなにも言わずにこの家を出た。反対されても困ったし、反対されないのも怖くて……メモ一つで二人から逃げたんだ。
でも、俺のことなんてなんとも思ってなかったかな……。
「ミアはずっと癇癪を起こして大変だったんだよ。ジュリアを失った時もそうだったけど、また同じようになって。でも、今回は僕が投げ出さなかった。ジュリアは亡くなってしまったけど、君は生きている。だからいつか必ずヒューを連れて帰るから、と約束したんだ」
「約束って……ジェイが俺を放り出したくせに……」
「それは本当にごめん。説明させて?」
灯りと暖房を入れたリビングルームに手を引かれ、ソファに誘導される。
俺の家じゃないのに、凄くホッとして「帰ってきたんだ」と思ってしまう……ねぇ、ジェイ。そう思ってもいい?
一旦キッチンに入っていたジェイが隣に座った。湯気が立つマグカップを俺に渡してくれる。
ジンジャーシロップ入りのミルクだ……。
「なにからどう話せばいいかな」
俺がミルクに口をつけるのを待ってから、ジェイは再び口を開いた。
「ともかく、僕達は互いに誤解しあってた。僕は君にステディがいるんだと思ったし、君は僕がセクシュアリティに対して戸惑いを感じている、と」
「うん……」
「君に相手がいるなら、僕には君にも相手にも礼儀を払う必要があった。スキンシップはもってのほかだろう? だから距離を取ったし、君が出て行くと言うのなら止める権利はないと思ったんだ」
「それならどうしてミアに"連れて帰る"なんて言ったのさ」
ついさっきまでレオと付き合ってると思いこんでいたくせに。
「うん。それはね。……うーん。言ってもいいかい? 僕のタイミングとしてはもう少しあとのつもりだったんだけどな」
ジェイが意味を含んだ笑顔になる。
そんな表情をする理由がわからなくて、焦れったい。
「なんだよ、言ってよ」
「そうだね。今なら成算があるから、先送りで言っちゃおうかな」
言葉の最後にジェイの片手が俺の片頬を包んだ。瞳が真正面に来る。
「愛してるよ、ヒュー」
「……?」
文字としては耳に入った。けれど言葉の理解には頭が追いつかず、ぽかんと口を開けてしまった。
──愛してる。
それは、ミアに言うみたいに? それとも。
「嫌だったら、逃げて」
「え」
ジェイのもう片方の手が背中に回る。強く抱き寄せられたら、頬を包んでくれていた手にも力が入った。
顎が上に上がり、ジェイの顔と近くなる。鼻と鼻がこすれ、唇が重なった。
「ン……」
唇が熱い。それだけでもっと欲しくなって、逃げるどころかジェイの首に両手を回した。
湿ったなめらかな舌が、開いたままの俺の口の中を愛撫する。
そのひと擦れひと擦れが胸を震わせ、うなじに微かな電気を走らせる。
「ん、んンッ……」
なにも考えられない。欲するままにジェイを求め、唇を押し付けた。
最初のコメントを投稿しよう!