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「休日に、まさか仕事の電話かな? 今日はヒューといたいんだけど……いや、ミアだ」  ミア?  俺は「早く出て」とジェイを急かした。 「おはよう、ミア、楽しんでるかい?」   「おはよう、ダディ。こっちはまあまあよ。ダディは一人で大丈夫? 寂しくない?」  受話口から漏れ聞こえるミアの声は、会わなくなってたった四ヶ月なのに、随分大人びて聞こえた。 「うん、寂しくないよ」  ジェイがふふ、と口元を緩めて答えながら、俺の鼻筋を撫でる。 「なぜならね、ミア。ヒューが帰ってきたんだよ」 「なんですって!?」  "ヒューが帰って"のところでミアの声が大きく響いた。ジェイはスマートフォンを耳から離す。   「ミア、声が大きいよ」 「ダディ、ヒューが家にいるの? ねぇ、そうなのね? ダディ、今すぐにでも迎えに来て。わたし、家に帰るから!」 「え、ミア、明日まで」 「すぐよ! 待ってるから!」  通話が一方的に切れ、受話口からはツーツーと聞こえてきた。  思わず笑いが出てしまう。 「用意しよ、ジェイ。俺も行くよ」  恋人時間は減るけど、それより俺、ミアに会いたいから。そして。 「家族になりにいこ!」  うん。  ミアに、早く伝えて、認めてほしいから。  ジェイはすぐに頷き、俺たち二人はミアを迎えに車に乗り込んだ。    俺が戻ってくるのを待っていたと言うミアはどんな顔をするだろうか。  泣くかな。笑うかな……怒ってるかな……。 「だよね」  車を降りてミアの顔を見るなり、日本語が出てしまった。  予想通り、ミアはとっても怒っていた。 「なにも言わずに出ていって、突然戻ってくるなんて信じられない」  年齢は五歳のままなのに、少し会わないあいだにこんなに女っぽくなるものだろうか。腕を組んで俺を睨む仕草までどこか大人びている。 「ごめんよ、ミア。大好きなプリンを作るから許して」 「いや」 「じゃあ、クッキーも作るから」 「それじゃあ足りない」 「じゃあ、ケーキ……は、まだ作ったことがないんだ。ミア、一緒につくろ?」  腕組みしたままそっぽを向いているミアの前にかがみ、顔を覗く。 「………」  ミアは今にも泣きそうな顔をしていた。 「夕飯も一緒に食べて、今日は同じベッドで一緒に寝ようか? ミア、俺、これからはミアと一緒にいたいんだ」 「………もうどこにも行かない?」  ようやくミアが口を開き、腕組みを解いた。  俺はミアの両手を取る。 「うん。もうどこへも行きたくない。ミアの家にずっといさせてくれる?」  言い終わると、どんっ、と強い衝撃がして、ミアが俺にしがみついた。 「ばか、ヒューのばか! もう絶対いなくならないで。どこにも行かないで!」  首に回った手が、俺を離すまいと力いっぱい締め付ける。 「ミア……苦しいよ……」  ぎゅうぎゅうに締め付けられているのは身体なのに、胸まで苦しくて涙が出てしまう。  ミアは俺よりずっと小さいのに、縋りたくなって腕を伸ばす。二人で抱き合って、互いの髪や服を濡らして泣いた。  ジェイも俺達に腕を回す。  俺達は三人、スクラムみたいになって、しばらくのあいだ暖かさを共有していた。
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