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 あれから一年と三ヶ月。季節は春。  ミアは前年の九月にエレメンタリースクールに上がった。まだまだ確認は必要だけど、大抵のことは一人でできるようになり、家事もたくさん手伝ってくれる。だから、この家で唯一ポンコツなのは……。 「ジェーイ! パンが焦げてる。どうしてタイマーをそんなに長くかけるんだよ」 「パパ! また洗濯機に直接シャツを入れてる! 駄目だってヒューに言われたでしょ」 「ごめんよ、ヒューにミア」  俺とミアに責められたジェイの二枚目マスクは、しょんぼりした三枚目マスクになっている。  俺がここから出ていたあいだ、家事の練習をしていたと言っていたジェイだけど、実はそんなに上達していなかった。  ベッドを共にした夜は後片付けをしてくれるけど、濡れたシーツも手洗いを省いて直接洗濯機インするだけだったし。 「全くもう。やり直すから自分の準備をしてて。髪、きれいに梳かなきゃね」    前髪が全部降りたダークブロンドヘアを撫で付けてやる。 「ありがとう、ハニー」  ジェイがちゅ、と音を立てて俺の唇にキスをした。 「またやってる。パパ、先に歯磨きしないと駄目よ!」  ミアは最近はマウス・トゥ・マウスのキスをジェイとしなくなった。ジェイの呼び方も「ダディ」から「パパ」に変えたし、着実に幼児から少女への階段を昇っている。  そして──じき、俺と家族になることを喜んでくれている。勿論、同性婚の意味は理解している。  ミアに俺の気持ちを話したのはミアがエレメンタリースクールに上がってすぐのことだった。  ジェイを愛する気持ちに後ろ暗さはないけれど、それとミアへの罪悪感は別だった。  ジュリアの代わりになろうなんて微塵も思ってはいない。それでも、ミアから見ればジェイの隣にいるべきはジュリアなのだし、新しいマミィは要らないと一貫して言ってきたのだ。  でも、ミアは俺たちにあっけらかんと言った。 「パパとヒューが好き同士なの、わたし、知ってたよ」と。そして、続けた。 「それから、ヒューはわたしも大好きだってことも」  蒼のくりくり目をきらきらさせて言うのがかわいくてかわいくて……"俺ってジェイよりもミアの為に死ねないかも"って思った。ミアの為に、長生きして成長を見届けなきゃ、なんて。  あー、なんか俺、変わったなって思うけど、こういう自分も良いんじゃない? 「……それから、ヒューはママも大切に思ってくれてるって。ヒュー、いつもママの写真を綺麗に拭いて、ママにもお茶やクッキーを出してくれるでしょ。あれってニホンの習慣なの?」 「あ、それは、まあ、うん……」  日本の習慣と言えばそうだけど、俺は本條が児嶋の携帯電話(いひん)にいつも話しかけ、丁寧に丁寧に扱っていたのを見ていたから、そうすることが死者と心を通わせる方法だと思っていたのかもしれない。 「だから……ママのことも、ミアのことも大切に思ってくれるヒューならいいよ。それに、わたしのママはずっとママだけだし、ヒューはママにはならないから」 「どういうこと?」  ミアの哲学はやはり難解だ。俺ならいいと言いつつ、ジュリアの代わりにはなれないからね、って言う牽制??  俺もジェイもミアの次の言葉を待った。ミアはそんな俺たち二人を見比べて、得意そうな顔をした。
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