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 わずか十七歳の頃から涼介はずっと言っていた。   "開さんのこと、知りたいと思う。でも、話したくないことは知らなくていいんだ。聞いたって聞かなくったって、俺はまるごと開さんを受け止めるだけだから"  簡単なようで、できる事ではない。好きな相手ほどなんでも知っていたいと思うのが人間だし、知らなければ問題が起こった時に解決の糸口が掴めない。けれど宮前の知る限り、涼介は誓いのようにそれを守り、いつも穏やかな笑顔で開のそばにいる。 「でも、俺……だんだん欲張りになってる。過去を探るつもりは今でも無いけど、この先は開さんの全部が欲しい。俺の知らない開さんがいて欲しくないし……俺しか知らない開さんになればいいのに、って思って……あ"あ"〜もう、外でなに言っちゃってんの、俺!」  切羽詰まって宮前に暴露しているが、横浜は土曜日の真っ昼間。市営地下鉄への入り口付近にはまばらに人がいる。  年齢の割には気持ちに余裕があるタイプの涼介も、今日ばかりは落ち着くことができなかった。 「お前はそれでいーんだよ。お前のそう言うの、本條はわかってるし、自分もそうだから悩んで突飛なことしちゃったんだろ。今頃多分、ダイニングチェアに置物みたいに座ってるよ」  ──そう、きっとこの世の終わりみたいな顔をして。  宮前の頭にも涼介の頭にも開の同じイメージが浮かんだ。  三十になる年なのに、開はどこまでも心の不器用な人間なのだ。 「どうしよ……俺、戻った方がいいかな。まさか、別れの言葉みたいに取られてないよね……!?」 「あーー、あり得るな。相手は本條だからな」  涼介の焦る声に、宮前はつい半笑いになりながら言った。  開の体の問題は心配だが、涼介の中には開と離れる選択肢が無いとわかるから。無意識下で自身の欲より開を大切に思っているこの涼介がいれば大丈夫だと、そう思えるから。   「ちょっと宮前さん、真面目に聞いてよ」 「聞いてる、聞いてる。いいよ、とりあえずお前は家に帰んな。俺ももう目が冴えちゃったから本條にフォロー入れとくし。な、大丈夫だって」 「うん……」    涼介との通話を切って、次はメッセージアプリを開く。  「涼介から話は聞いた」と送信するとすぐに既読がついて「ごめん、起こしてしまった。時間大丈夫なの? 僕は明日でもいいから眠って」と返って来た。  気遣いが開らしいな、と口元が綻んだ。メッセージにすぐ既読がつくくらいに不安で、なにも手についていないだろうに。  ただ、今の開が通話を望んでいないことが宮前にはわかる。底に入ると誰になにを言われても動けない、頑固なところもある開だ。近くにいれば横に並んで座り、気持ちが整理できるまで手を繋いで一緒に時間を過ごしてやれもするが、今はそれはできないし、宮前の役割では無くなった。  うーん、としばし考えて、宮前はメッセージを送信した。
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