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第一章
「もうすぐ夏休みだね」千春はぽつりと言った。
「そうだね」亜里沙は答えた。
「亜里沙ちゃんはどこかに行くの?」
「お父さんの実家に行くと思う」
「どこなの?」
「北海道だよ」
「そうなんだ……」
「千春ちゃんは?」
「どこも行かない。ママは東京の人だし、パパはいないし……」
「ごめん、変なこと聞いちゃったね」
「あ、いいよ。気にしないで」
長谷川千春は小学5年生。いつも親友の水野亜里沙と一緒に下校している。この日も目前に迫った夏休みに胸を躍らせながら自宅へ向かって歩いていた。
二人は大通りからそれて原っぱを進んでいった。ここを通ると自宅への近道になるのだ。
原っぱは文字通り建物も何もなく、空き地になっている。公道ではないが、交通量の多い大通りより安全なので通学路になっているのだ。道が整備されていないので、千春と亜里沙は草むらの中を歩いていった。
ふと千春は足元に人形が落ちているのを見つけた。十数センチほどの大きさの女の子の人形である。髪は肩までの長さで、あまり見たことのない服装を身に着けている。
千春は無意識に人形を拾い上げた。
「かわいいね」亜里沙が言った。
「そうだね」
千春は人形の顔を見て、何か感じるものがあった。その人形を持って帰りたくなった。
「これって勝手に持って帰っちゃいけないんだよね」
「そうだよ。たしか拾得物ナントカ罪っていうのになるんだよ。まあ小学生だから逮捕はされないけどね」
「そっか……」千春はそう答えると人形の体を見回した。すると右足に血のようなものがついているのに気付いた。
「持ち主がケガしたのかな……」千春が独り言のようにつぶやいた。
「そうかもしれないね」
「そうだ。私の家の近くに交番があるから帰りに届けるよ」千春はそう言って人形を手提げ袋に入れた。
これが全ての始まりだった。
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