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第七章
ある日の午後。千春が外出先から帰ると、ジルがベッドに座っていた。
「ただいま、ジル」千春は元気よく言った。
「うん……」
千春は不思議に思った。いつもなら元気に「お帰り」と言ってくるジルの様子がおかしい。
「どうしたの、うかない顔して」
「うん……」
「あ、ジルの好きなドーナツあるよ。ちょっと待っててね」千春はそう言って台所に向かった。
しばらくして千春はお盆にドーナツののった皿と牛乳を持って戻ってきた。そしてジルの横に座ると、いつものようにドーナツを一口大にちぎってジルに渡した。
「うん……」ジルはドーナツを受け取ったが、すぐに食べようとはしなかった。
「どうしたの、体の具合が悪いの?」
「そうじゃないよ……」
「じゃあ何で食べないの?」
「あのね、さっき連絡があって……」
千春の顔から笑顔が消えた。
「もうすぐ迎えの宇宙船が来るって……」
「そっか……」千春はジルから目をそらして言った。「じゃあもうお別れだね」
「うん……」
千春とジルはしばらく言葉を交わさず、ただ時間が過ぎていった。二人とも機械的にドーナツを口に運んだ。
「ねえ」千春はドーナツを飲み込んで言った。「もう少しこっちにいられないの?」
「それは無理だよ。今度の宇宙船に乗らないと、いつ帰れるかわからないし……」
「そっか……」
「それに、そろそろ主人と子供に会いたいし……」
「そうだね……え?」
「?」
「え? え?」
「何?」
「今……主人と子供って言わなかった?」
「うん、言ったよ」
「ジルって……結婚してるの?」
「してるよ」
「え―――っ」千春は隣の部屋まで聞こえそうな大声を出した。
「ちーちゃん、声が大きいよ」
「あ、ごめん」
千春は心底驚いた。まさかジルが結婚していて子供がいるとは思ってもみなかった。考えてみれば、ジルの家族について話した事は一度もなかった。というより、ジルが父親を探しに地球にやって来たという嘘をついていた事もあって、ジルの家族について聞くことに抵抗を感じていたのだった。
「え、でも、え、あの、ジルって10歳だよね」
「10歳だったら普通結婚してるでしょ」
「私11歳だけど……」
「ああ、結婚遅いんだなって思ってた」
「でも地球だと、他の国は知らないけど、日本では25歳とか30歳くらいで結婚するんだよ」
「そんな、おばあちゃんじゃない」
「おばあちゃん?」
千春の頭の中にある考えが浮かんだ。胸にちくりととげがささるようなことだった。
「ねえ、ルビック星の人たちって、何歳くらいまで生きるの?」
「35歳か40歳くらいかな」
千春は悲しくなってきた。35歳といえば自分の母親より若い。ジルがそれくらいまでしか生きられないとは思ってもいなかった。千春はベッドに突っ伏して泣き出した。
「ちーちゃん、どうしたの。ねえ、ちーちゃん、泣かないで」
ジルは小さな手で千春の体をゆすったが、千春の涙は止まらなかった。
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