第八章

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第八章

 夏休みも残りわずかとなったある日の夕方のこと。宿題を終えた千春はベッドに横になっていた。ジルはその横にちょこんと座っていた。  「ねえ、前から聞こうと思っていたんだけど」千春は横になったまま聞いた。「ジルはルビック星の代表として地球にやって来たんでしょ。何でジルが選ばれたの?」  「ああ。そのことか」ジルは姿勢を正して言った。「前も言ったけど、ルビック星では将来に備えて日本語を勉強をすることになってるの。私は地球に興味を持ってたから、特に頑張って勉強したの。それで地球に行くための養成所に入って、そこで今の主人と出会って……」  「そっか、ジルは結婚してたんだったね。だんなさんはどんな人? イケメン?」  「イケメンって?」  「あ、ジルは最近の日本語は知らないんだったね。かっこいい男の人のことだよ」  「うーん、イケメンなのかな……」  「何よ、それ。はっきり言いなよ」  「まあ、いいじゃない。それで主人と結婚して、子供が出来て、しばらく家庭に入っていたんだけど、今回のプロジェクトで誰かが地球に行くことになって、地球を侵略しようとしていると思われないように女性がいいという事になって、それで主人が私を推薦してくれて……ちーちゃん?」  千春は疲れが出たのか、眠ってしまっていた。  ジルは小さくため息をついて立ち上がると、ベッドから垂れ下がっているタオルケットをつたって床に下りた。  千春の部屋にはベランダに通じる出入り口がある。千春はふだんその出入口を閉めている。ジルが外に出て落下するのを防ぐためだ。部屋は3階だが、ジルの場合身長を考えるとその10倍の高さになる。落下防止の安全柵はあるが、格子の間はジルが通り抜けることができるほどの間隔が空いているのだ。しかしこの日はエアコンの調子が悪く、暑さをしのぐために少し開けていた。ジルはそのすき間から外に出てしまった。  ジルが一人で屋外に出るのは千春の家に来て初めてだった。あらためてベランダから外の景色を眺めた。千春と翔太が待ち合わせをする公園が見えた。遠くの方には小さな山が見える。あの山の近くに千春や亜里沙と行った湖があると千春が教えてくれた。地球での思い出がよみがえってきた。  もうすぐこの景色を見ることができなくなる。ジルは差し迫った千春との別れに胸を痛めていた。無意識のうちに頭にのせていたティアラを手にとった。千春が自分のために作ってくれた大事なティアラだ。  その時である。ジルは目の前に大きな黒い鳥がいるのに気付いた。鳥はジルを威嚇するような仕草を見せた。ジルは思わず尻餅をつき、ティアラを落としてしまった。ティアラは排水用の溝まで落ちていった。鳥は少しずつジルに近づいてきた。ジルは恐怖のあまり、ティアラを拾う間もなく後ずさりした。鳥はティアラをくちばしでくわえると、羽を羽ばたかせて飛び立ち、安全柵の上に止まった。  「だめ、それはちーちゃんにもらった大事なものなの。返して」ジルは鳥の真下まで走り寄ったが、ジルの身長では届くはずもなかった。  ジルは辺りを見渡した。安全柵には布団のシーツが干してある。ジルは物干し竿受けのポールをよじ登り、シーツの柵の内側に干してある部分に飛び移った。そして慎重に鳥に近づいていった。しかし柵の上まで登った時、鳥はティアラをくわえたまま飛び立っていった。  「そんな、せっかくちーちゃんにもらったのに……」ジルはその場で大きくため息をついた。  その時、風が強く吹いた。ジルは柵の外側に飛ばされてしまった。
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