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ジルはかろうじてシーツの端をつかみ、落下を免れた。しかしベランダまでは約50cmほどある。ジルにとってはかなりの距離だ。しかもジルは恐怖のあまり体が動かなくなり、シーツをつたってよじ登ることが出来なかった。
風は引き続き強く吹いている。そのたびにシーツははためき、ジルは必死になってシーツをつかんでいた。
「ちーちゃ―――ん、助けて―――っ!」ジルは必死に叫んだ。
この声が千春に届いたのか、それともかつてのようにテレパシーだったのか、千春にもわからなかったが、とにかく千春は飛び起きた。そして部屋にジルがいないことに気づいた。ベランダに通じる出入り口は開いている。千春はあわててベランダに飛び出した。階下から声がした。下を見てみると、シーツの先にジルがいた。
「ジル!」千春は思わず叫んだ。
「ちーちゃん、助けて!」
「ジル、登ってこられる?」
「……無理」
千春は腹ばいになり、安全柵の下の隙間からジルのほうへ手を伸ばしたが、ジルまでの距離の半分までしか届かなかった。千春は立ち上がると、普段は絶対にしないことだが、柵を乗り越えて外側に出た。そして両手で格子を一本ずつしっかりとつかむと、大きく息を吐いて両足を宙に浮かせた。そして少しずつ体の位置を下げていき、ジルの近くまで来ると右手でジルの体をしっかりつかんだ。
「ちーちゃん……」ジルはほっとした様子でシーツから手を離した。
「ジル、よかったね」千春も笑みを見せた。
しかし千春は致命的なミスを犯していた。確実にジルの体をつかむために利き腕の右手を格子から離したのだ。ジルの体を柵の内側に戻すためには、右手首が柵に届くまで体を持ち上げなくてはいけない。そのためには利き腕ではな い左手に力を入れる必要があるが、千春にはその力がなかった。
千春はジルを落下させずに右手で格子をつかむ方法を考えた。しかし千春の服装はTシャツにタイトスカートである。スカートにポケットがついていたが、ポケットは小さく、ジルを入れてもジルの体がはみ出てしまうので落下させてしまう可能性があった。また暑さをしのぐためにTシャツをスカートの外に出していたため、Tシャツの中にジルを入れることは出来なかった。
「ちーちゃん」ジルは状況を察して声をかけた。「私を放して」
「え? どうして?」
「私、ちーちゃんの体をつたって上に登る。そうしたらちーちゃんは右手を使えるでしょ」
「だめだよ。私の腕は汗で濡れてるから、すべって落ちちゃうよ」
「大丈夫。頑張ってみる」
「だめ。絶対放さない」
「でも、ちーちゃんが……」
「ジルは私が守る」
「え?」
「ルビック星でだんなさんと子供が待ってるんでしょ。じゃあ無事に帰らなきゃ。大丈夫だよ、まだ明るいから誰かがきっと見つけて助けてくれるよ。それまで二人で頑張ろう」
「ちーちゃん……」
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